この記事の初版は2023年の夏に投稿しましたが、1年後の2024年8月に内容を大幅に改訂しています。
はじめに
馬国は、かつて日本人が起業する国として最適な環境でした。日本人の好みに合う環境であったことは間違いありません。実体験として、20年住んだ筆者家族と筆者の物欲的な「おすすめ」についてはこちらに紹介してあります。
2024年を過ぎた今日、起業を考える皆さんには、以下の通りお伝えします。
筆者は、「ガチで」クアラルンプールで起業(自営業)して5年間営業してみましたが、結論から申し上げて、
よほど特殊な事情が無い限り、日本人個人が馬国(マレイシア)で起業(特に零細・中小事業)して成功する可能性は限りなくゼロに近いです。(筆者の起業体験はその一例)
逆説的に
ここで紹介するリスクに対応できる方は、馬国での起業に踏み切ってもそれなりの結果を得られると信じます。
それでもこの国で起業されたい方は、この体験記録は参考になると思います。
筆者来歴
さらっと読み流してください。
大卒後(言語学専攻)に海外営業の要員としてエンジニアリング企業(建設業を含む)に入社、海外現場への赴任・駐在、出向を20年経験。1995年に初めてクアラルンプールに出張。その後、1996年から1998年まで同国の子会社に出向。建設現場に駐在。
1999年、3年間駐在した馬国(マレイシア)から帰任した後に企業から退職。
家内と長男と3名で馬国への移住を決意。自営業を登記して2000年からKL(クアラルンプール)を拠点に日系企業向け「よろず屋」的業務支援サービス業を展開。2002年頃には、マレーシア人の社員10名弱の規模まで成長。
ところが2004年に日本の顧客と契約上のトラブルになり、ほぼ全てを失いほぼ倒産状態に陥る。
その後、数奇な運命で元の企業に復帰(2006年)、65歳で退職し、現在に至ります。
筆者が個人で独立起業した時点での考え方や損得勘定(一般的にSWOT分析と言われている手法)は図のとおりです。いろいろ大義名分を並べていますが、とにかく「馬国の生活環境で金儲けがしたかった」ということです。
もっともらしい内容ですが、この考え方だけでは、結果的に目標達成には至りませんでした。
この時の起業のモチベーションは、間違った考えに方に基づいていました。
そのことは、この記事の最後にお伝えします。
馬国の自営業を成功に導く6大経験則
ネット上にあふれている常識的な起業要件(例えば次の5点)については、いくらでも情報入手ができますので、このあたりの内容は割愛します。必要に応じて他の文献を参照してください。
- 馬国に無い技術・スキル・知見にもとづく商売が有利(馬国人と競合してはならない)
- 馬国人の雇用機会を提供できる配慮は大事(日本人オンリーの会社は歓迎されない)
- 就労ビザや税務面で困らないように充分調査すること
- 健康であること。
- 業種によっては馬国の関係省庁への登録と認可の取得が不可欠(無許可・無届は違法)
教則本や情報メディアを見ても、ほとんど紹介されていない起業上の経験則があります。
馬国の自営業を成功に導く経験則6選です。リンクから詳細記事を参照下さい。
1 | 馬国の生活費と、資本金(事業資金)の重みを混同しない |
2 | 脱サラ退職金は出来るだけ固定資産化する |
3 | 事業運営が苦しい日々、最初に苦しむのは家族 |
4 | 馬国の「約束」と「信頼」と日本の常識との違いを知る |
5 | 騙されないスキルを身につける |
6 | 現地の経理に詳しいアシスタントを雇う |
資本金と事業資金の考え方
馬国の「生活費が日本より少なくて済むから、起業資金や資本も少なくてよかろう」という認識は捨てたほうが良いです。生活費が安い事と、事業資本(開業資金)の重みを同一視すべきではありません。
では、資本金はどの程度必要か? というと
首尾よく起業してから最初の2年間ぐらいは全く仕事が無くても営業を続けられる資金を持ってスタートしてください。
そうででなければほぼ99%失敗します。(2年分の準備金を使い切った段階でも、やはり事業が続かないという事例も有ります)
登記上の「資本金」というのは会社の経理処理上の数字に過ぎませんから、Company Secretaryのアドバイスで決めればよい話です。
肝心なのは開業時点で幾らの有形・無形の資産・資金を持ってスタート出来ているか? です。(不動産や車などの有形資産はしっかり現金化できる事が条件)
例えば1件数百万円から数千万円の不動産・商品を取り扱うなら、2億円の資金が必要です。小さな花屋さんや食堂を経営するなら数百万から1千万円です。
馬国内であっても日本人が起業すれば「日本の常識」レベルの準備になります。よほど現地化できている家族でなければ生活経済をディスカウントすることなど出来ません。
結果として日本で起業するのと同じレベルの準備金が必要になるのです。
最近はあまり聞きませんが、筆者が開業した当時のマレーシアには テン・リンギット・カンパニー( Ten Ringgit Company ) という経営用語がありました。つまり、会社の登記は資本家が揃えば銀行に払い込む資本金は10リンギット(約300-400円)でも開業できるが、それで全てがうまくいくという誤解がある。そういう誤解を恐れずに無計画に登記されている会社を意味する用語といえます。
資本は目的とする事業の「質と規模」に応じて準備するものです。名前を決めて形だけ会社を登記してもただの金食い虫になるだけで何の利益も生みません。
馬国の安価な生活経済を反映するつもりなら、まず自らの生活を馬国市民と同等の生活水準に合わせ、子供たちは日本人学校でなく、近所の学校やアジア系のインターに通わせながら、数百万円程度の小さな売り上げ規模の事業から始めてください。
そうでないなら、日本人は日本で開業するのと同等の資金を準備すべきなのです。
住居は日本人が集まる立派なコンドミニアム、子供は日本人学校、食生活も日本の食材が含まれたまま、近所付き合いも日本人同士であれば、生活費は日本のそれと変わりません。
脱サラ時の退職金は固定資産化しよう
退職金は「脱サラ起業」する人にとって貴重な資本になります。これを「キャッシュで持っておいて、開業資金にする」か、あるいは「設備投資等をして固定資産にする」の2択を考えてみてください。
殆どの方は、キャッシュで持っておくという選択をします。会社登記の際に資本金として新会社の口座に払い込むという段取りが頭に浮かびます。
筆者の場合は家族と相談してこの退職金を家族で使う自家用車(外車)の購入にあてることにしました。開業資金にはしなかったのです。
当時、筆者個人は、この決断が良かったかどうか半信半疑でしたが、筆者の家族は自家用車の購入を力説しました。そしてこの判断は間違っていませんでした。
自家用車は数年後の会社の苦境を救いました。詳しくは別途投稿しましたので、参考にしてください。
現金は持っていると使いたくなります。特に会社の創業直後は知らず知らずのうちに無駄な金が出ていくものです。現地の商習慣に不慣れな私たち日本人は取引上の誤解をしたり、騙されたりして、次々とムダ金を失うものです。現金がなくなるのはあっという間です。
不動産や自家用車といた資産は、騙されて所有権を失ったりしなければ、価値を温存できます。
現金のようにムダ金として目減りするリスクが少なく、そう簡単には盗めないものです。
勿論、固定資産なら何でもよいということではありません。馬国内で「価値が暴落しない」資産を選ぶべきです。
ここまで読んで、「違和感」をもたれた読者のみなさまは多いと思います。
退職金を全部自家用車の購入に使うなら、2年分の資本金は準備できない!
そのとおりです。
でも、それは別の問題です。まして、退職金では2年分の運転資金としては全く不足していました。
筆者の家族は、耐久性に優れた日本車を持つことを実生活の基盤にすることを決めたというのが、この話の趣旨です。
そのことは間違っていませんでした。
筆者の失敗は、この自家用車とは別に、借金をしてでも現金を2年分用意すべきだったということになります。
そういう発想に至らなかったのですから、筆者は起業家として適正を欠いていたのです。
「苦しむのは家族」という認識
大事な部分なので別途詳細投稿で詳しく記載してあります。
起業した会社がうまくいかない・・・いつまで経っても利益が出ない・・・
そんな時に、どこから崩れていくか?
それはあなたの「家族」なのです。
当の本人は自分の会社に何が起きているか詳しく認識しているので以外と平常心なのですが、
家族のほうは、突然生活費が半分になったり、ある月は収入ゼロといった状況に晒されると大変なショックを受けます。
気持ちが折れるのです。
そうなると家庭生活は非常に荒れます。当然仕事にも影響します。
このことは世の中のどんな参考書にもマニュアルにもガイドにも書いてありません。
しかし、過去10年から20年の間、会社勤めをしてきた家計が、突然不安定な生計サイクルに晒されることの精神的ショックは計り知れないのです。
どんなに周到な起業計画があっても、この部分が弱いままだと、起業活動は立ち行きません。
10年間ほとんど起伏のない平坦な道路を運転してきたドライバーがスピードを落とさずにいきなりアップダウンの激しい道にさしかかった場面を想像してみてください。おそらくドライバーは車を止めてしまうでしょう。しばらくはどうしてよいか解らないはずです。
このことの解決策についてはこちらを参照下さい。
日本の常識外にある「約束」と「信頼」の意味を知る
極論します。
詳細記事でも触れますが、日本人が大企業の社員として知り合う人間や会社は、おそらく95%の確率で約束を果たし、また信頼もできる人達です。
しかし、ひとたび日本国外に出て、自営業や零細企業で働く環境に身を置けば、そこで遭遇する殆どの人や会社は私たち日本人が期待するとおりには約束を守らないし、信頼もできません。。
単にモラルが低いという単純なことでは無いです。「約束」と「信頼」の定義が日本と海外では全く違うのです。
外国の社会環境が悪い、モラルが低い・・・と短絡的に考えるのは間違っています。別の社会環境では別の常識が正しいのです。約束を守れない人間が善良に見える文化だってあるのです。
特に日本人同士で集まって馬国人のビジネスマナーを非難し合っているうちは、本当の意味で馬国のビジネス環境に順応できません。
この国の起業家の知識として大事なのは「何が正しいか?」ではなく、「何が馬国の常識か?」を知っていることです。
「騙されないスキル」を学ぶ
外国語を流暢に話せるから海外で起業すれば成功するという短絡的なロジックが誤認であることは海外経験の豊富なビジネスマンなら皆さんよくご存じです。
自営業界で生き延びている日本人と知り合ってみると解りますが、その方たちの「語学力」は恐らく持っているスキルの3割程度です。この方たちのタレントは、人に裏切られたり騙されたりしない鋭い洞察力、経験、処世術、そして事業リスクの予知力です。語学力ではないのです。
もちろん人に会うたびに100%疑っていれば仕事になりません。取引相手をどのように動かせば間違いなく仕事になるか?というアイデアを持つことが必要です。
英語ができるとか、マレー語ができるというだけでは起業はうまくいきません。
現地の経理に詳しいアシスタントを雇う
海外では「個人事業」のことをよく「ワンマン・ショー」( one man show ) と呼びます。
文字通り一人で会社を運用する事業者をいうのですが、日本人が海外で開業する場合、実務を自分一人で熟(こな)す運営方法は推奨できません。筆者自信、これをやって良かったことはひとつもありません。
最低でも馬国の商業学校や経理専門学校を卒業したアカウンタントを1名雇うべきです。有能な会計士を雇う必要はありません。数億円規模の事業なら別ですが、自営業で零細なら有名コンサルと契約する必要はありません。若手でもよいのでアカウンタントを社員として雇って、大事に協業していくべきです。
このアカウンタントは、名義貸しのパートナーより何倍も重要なポジションです。馬国に数十年住んでいる日本人で名士で国内に強力なコネクションを持っているような方でも、必ず秘書役やアカウンタントを雇っています。
なぜでしょうか?
それは、馬国が「国の税法を頻繁かつ大きく改正する」からなのです。
税理士事務所の社員でない限り、毎年の税法の変化を常に勉強して頭に入れておくことは出来ません。
しかし、それを知らないと落とし穴に落ちることになります。なぜなら、税法改正というのは、外国人の起業家や外資系企業からいかに十分な税収を上げるかを命題として、「あの手この手」で納税者を追い詰めるための取り組みであるから。
起業している外国人は税法改正のターゲットなのです。つまり、脱税する事業者が多いということです。あなたが馬国で起業すれば、必ず脱税者と税務当局とのバトルのとばっちりを受けます。
しかし、馬国人の職業的アカウンタントを一人雇っておけば、彼(女)は馬国の税務当局と日常から対話をしてくれます。私たちが税法の変化を熟知していなくても注意点は税務署が教えてくれるのです。
雇うべき会計係の資質として求められるのは、トップクラスの経理や税務の知見ということではなく、税務署とのコミュニケイション能力なのです。
失敗例
以下にリストした失敗事例は挿話集(詳細記事)です。全て筆者の実体験に基づきます。
- 大金星を当てた自営業者が廃業に追い込まれる典型例
- 馬国人と共同出資した事業が3年で倒産
- 定食屋を計画してカラぶり
- 客先の事務所開設|先走って経費回収不能
- 馬国企業と日本企業の仲介業|代金回収の遅延
- 顧先常駐の長期化・慢性化
成功例
以下のリンクから参照してください。
全てを終わりにする廃業の方法
「夜逃げ」と「国外逃亡」は論外です。
これをやると馬国にいる日本人創業者全員の顔に泥を塗ることになります。筆者は1件だけ日本人の世逃げの例を伝え聞きましたが、未だに悲しい思いです。
日本人が債務を踏み倒して逃亡すると、当然ながら日本の領事館にも通報が行きます。場合によっては警察を含む「捜査」の対象にもなります。
外国だから逃げ切れると思うのは大きな誤りです。
廃業の方法についてのノウハウは、言ってみれば個人の起業上の秘密です。ネットで公開すべき内容ではないと思っています。どうしても参考にされたい方は現地の大手コンサル会社に問い合わせるか、このブログの「お問い合わせ」からご連絡下さい。秘密保持を合意した上で開示したいと思います。
著者が所有する会社を処分したのは2006年頃。手続きをして10年以上経過しても何ら問題が起きていませんので最善の方法を取れたと考えています。
起業家の目的
この記事の中で、筆者の戦略ロジックに問題があると書きました。
それは、次のようなことです。
「とにかく金儲けをしたい」、「他人を踏み倒してでも」生き残りたい、とにかく「日本の環境より贅沢に暮らしたい」、といったモチベーションだけで起業するのは推奨できません。
それではうまくいかないのです。
人間の一生の内で機関車のような馬力で動き回れるのは30歳から50歳後半までの20年程度です。
その後は地域の協業者や知り合いと助け合う中で人生を過ごすのですから、「今だけ、金だけ、自分だけ」のモチベーションでは一過性の個人的なスタンドプレーで終わってしまいます。
筆者の場合、
「馬国の生活環境で金儲けがしたい」
「日本の企業の給与以上の所得を勝ち取りたい」
という考え方そのものに無理があったのです。
大谷翔平が学んだという中村天風の金言にもあるとおり。
お金儲けというのは、これは「手段」である。それを「目的」にしてはならない。
お金を手に入れることを目的にしてしまうと
何のために生きているのかわからなくなってしまうのです。
例えば、馬国のために何ができるか? (日馬両国のためでも、世界のためでも良いです)
しっかり考えた上で起業すべきです。プラグ・アンド・プレイのように簡単に起業するという発想は、ただ単に危険かつ「骨折り損のくたびれ儲け」になります。
キーワードは共存共栄です。
何を目的として金儲けをするのか? そのことを考えるべきです。
「お金儲け」をするということを「目的」としてしまうと、10億 稼いでも、100億 稼いでも「まだ足りない」ということになります。そういう仕事と人生に陥ります。それは間違いなく「不幸」に向かう片道切符です。
次の投稿、「がちで異文化ビジネスに飛び込んだ話」では、単なる金儲けだけではない何かを追求しながら生きている馬国人の天才商人と仕事をした経験を紹介します。馬国移住体験20年の内の2004年から2006年までの期間です。副題を【修行体験】としています。
【修行体験】に続く投稿、【実録:馬国で育つ】では、ようやく「お金を稼ぐ」ことの目的を捉えることができた筆者の人生の大きな変化についてもご紹介します。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。少しでも参考になれば嬉しいです。