【がちで起業】大金星を取った自営業が廃業に追い込まれる事例

自営業主

この投稿は本編「ガチで起業」の詳細記事です。

自営業者が夢見るのは、信頼できる少数の顧客から、売上額が大きくて長期的な仕事を請け負うことです。「薄利多売」は非効率、「厚利少売」を目指したいものです。

しかし、こういう「大当たり」に遭遇した時のリスクは思いのほか大きいものです。注意を怠ると、命取りになります。「好事魔多し」です。

筆者にも一度だけ「大当たり」が来ました。ある外資系の共同企業体(仮称「XJV」)から約3年に渡るまとまったサービス業務の下請け契約を受注したのです。しかも最終的な納入先はクアラルンプール特別区(DBKL)でした。

筆者は2003年に受注したこの仕事で当初の目的である起業目的を達成しました。しかし、ここで紹介するように筆者の自営業体験は、事実上この受注を最後に破綻すことになったのです。その話をします。

大きな仕事か来た

2003年某月、我々の事務所は明るく、沸き立っていました。

長い低空飛行から浮上するまでに3年もの歳月がかかりましたが、遂に自営業としては「目標額以上」と言える規模の下請け契約を受注したのです。

ある環境系の共同企業体(XJV、外国資本)がクアラルンプール特別区(DBKL)から請け負った特別区内の環境整備プロジェクトの事務方支援(アドミニストレイション業務)でした。アシスタント兼通訳2名、馬国エンジニア1名、事務方1名、ドライバー2名が客先オフィスに常駐し、繁忙期には筆者も常駐。我々の会社に残ったのは会計係1名とパートタイム1名のみの体制でした。

この環境プロジェクトは完了まで少なくとも3年はかかる公共事業です。馬国人の雇用機会も見込まれていました。受注した業務は、その後2年間は規模を拡大します。売上は倍増することが約束されていました。

受注したXJVも本国から人員を移動させないで済むのでコスト削減になります。

筆者の下請け組織はエンジニア、通訳、秘書役ですが、全てマレー系の社員で、華僑は含まれていませんでした。ドライバーはインド人であり日本人は筆者だけです。社員の時間単価は十分安いと評価されていました。

突然のキャンセル

ところが、筆者は、ある日突然に予想外の「ちゃぶ台返し」を受けます。我々が受けたサービス系の下請け契約が突然キャンセルになったのです。

理由は単純でした。この環境プロジェクトが実行されることがほぼ確定した段階で、施工会社のXJVが、「より多くの本国本社の社員に現地経験をさせる」という新たな方針を打ち出した言うのです。受注までの交渉段階では、馬国人に担当させられる業務は全部馬国人の雇用で運用するとしていた提案書が反故になりました。現地採用のルールは得てして外国企業が軽視しがちなルールです。

この時のXJVの本心として、事業の生命線でもある組織のインフラを支えるアドミニストレイション業務一式を現地の零細企業に「丸投げ」するのはいかがなものか?と言う反対派の声が高まったのです。

大敗

もちろん施主である、DBKLはこの動きに反応しました。馬国人の雇用機会が狭まったからです。筆者の会社の秘書のひとりは政府の担当窓口に陳情書を出していました。

しかし、熟練の設計施工業社であるXJVは奥の手を持っていました。当時の馬国政府と直接意思疎通を持てる現地の有力者をパイプラインとしてコンサル契約していて、我々馬国業社の陳情や反発を握りつぶす動きに出たのです。そして、筆者の会社の「馬国人社員には直接契約で仕事を与える」と宣言。筆者の会社(つまり日本人の零細業者)は必要としないと言う立場を取ったのです。なるほど、これは理にかなった対応です。

大敗でした。

キャンセルされた馬国の下請けのオーナーは実質「筆者」のみであり、誰の後ろ盾もありませんでした。もとより、そうしなければ会社を乗っ取られるリスクがあるので、この建て付けでないと大手企業への業務支援は無理です。

しかし、今回のような大きな仕事の受注においては、下請け会社である我々もある程度の政治的なサポーターを持っておく必要があったのです。馬国ビジネスは 「Who You Know だ」というのはことことです。

筆者の会社は「ただの日本人のワンマン・ショー」と評価されてしまったたのです。社員に所属していた馬国人の雇用が確保されるなら、DBKLも馬国政府も、たったひとりの日本人の会社への下請契約のキャンセル問題など眼中にありません。

最高の成果、最大の失敗

筆者は自営業経験における最も大きなミスを犯していました。当時のXJVからの受注規模の大きさに目が眩んで、他の顧客への営業努力や連絡は「一時停止」して、手持ちのリソースの全てをDBKLの環境プロジェクトの下請け契約に捧げてしまっていたのです。

ひとつの契約の売上が大きいからといって、それだけに事業のリソースの全てを注ぎ込んでしまうと、その契約が消滅した瞬間に自営業は破綻します。「過ぎたるは及ばざるが如し」です。これは自営業の鉄則でした。

残ったのは、長期契約したレンタカーや賃貸の違約金、設備投資した什器や事務用品の支払い。そして他の顧客に全く営業していなかった会社の運営費用です。キャンセル騒ぎから政府への陳情などもあって、客先と筆者の関係は最悪の状態に陥りました。先方は企業体の力を存分に発揮して「いつでも法廷に出れる用意をしてある」と通告してきました。

馬国への貢献、馬国人の雇用促進、自営業の規模拡大、顧客への低コストでの支援等々、八方うまく収めたつもりだったのですが、プロジェクトの本番スタート直前に最悪の状態で全てが破綻してしまいました。

このことが原因で筆者は2004年に会社を人手に渡してしまいます。

後日談

筆者の会社に所属していた馬国人の通訳、秘書、エンジニアは全員このプロジェクトでの直接雇用を拒否、それぞれ現地の外資系製造業、設計事務所、馬国の建設会社などに移籍していきました。彼(女)らは力のない日本人起業家の筆者を裏切りませんでした。そして最後まで、筆者が設定したプランをサポートしてくれたのです。

筆者は彼(女)らに正規の退職金を支払いました。

XJV社が受注した環境プロジェクトは立ち消えになったようです。馬国の雇用機会を増やす部分ではっきりした実績を示せなかったことが原因という噂もありますが、真実は闇の中です。

🔳 記事にあるXJVと言う名称は仮名であり、実在する事業体の略称では無いです。事業体の国籍もここでは非開示とさせていただきました。

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