マレーシア国民、特にイスラム系の国民感情がパレスチナ人の戦争被害に強く反応しています。10月中旬には、クアラルンプールのBukit Jalil に1万人以上の群衆が終結し、イスラエルのパレスチナ人への迫害に対して猛烈な抗議集会が行われてました。
この記事は、マレーシアの全国紙であるThe Star、Malay Mail、並びにNew Straits Times, FMT(Free Malaysia Today)のオンライン記事に基づいています。
写真は Wikipedia にある転載可能なものを多用しています。
マレーシア首相に対する米政府の圧力については、11月2日に日本のメディアでも報道され始めましたが、この記事で解説している「デマルシュ」については言及されていません。このあたりは報道規制があるものと推測できます。日本国も何らかの「デマルシュ」を米国から受け取っている可能性もあります。(筆者)
マレーシア政府は明確に親パレスチナ
ブキ・ジャリルのスタジアムでのアンワル首相の演説は、普段より遥かに熱のこもったもので、身振りも大きく、殆ど叫びに近いものがありました。
基本的には、一般人、特に子供の虐殺であるとか、病院の破壊などに言及していて、表現的には、「人々を屠殺させ、赤ん坊を殺させ、病院を爆撃させ、学校を破壊させることを許すのは狂気の沙汰だ。これこそ、この世界の野蛮の極みだ。」という手厳しいものでした。
アンワル首相の一連の発言には、欧米によるイスラエル支援がパレスチナでの殺戮を助長しているという発言があり、マレーシアの群衆も明らかに「反イスラエル」を示す意思表示をあらわにしています。
とくに、若い世代が、白地に黒のチェックのあるKeffiyeh(ケフィーア)をバンダナ風に頭に巻いてパレスチナをアピールしているのが目立っています。ケフィーアは、欧州で置いている反イスラエルの抗議集会やデモ行進でも使われいます。
かつてパレスチナを指導したアラファト議長を覚えている方は、ケフィーアはなじみ深いと思います。
ここまで明確に反イスラエルとなると、欧米のイスラエル支援勢力としては黙ってみておれなくなります。このあたりは、要注意です。
米国の「デマルシェ」文章の公表
マレーシア政府は、米国の外交ルートから正式に「反ハマスの立場を否定しては困る」といった内容の公式文章を受け取っています。
欧米の外交文章なので、日本ではなじみがありませんが、これは「デマルシュ」と呼ばれています。日本でいう外交上の「親書」を、「指示・抗議文書」に置き換えたようなものです。
全国紙・Malay Mail の記事を紹介します。これは日本語では報道されていないと思います。
クアラルンプール、2023年10月31日 – パレスチナ問題に関するマレーシアの立場についての圧力について迫られたことを受けて、アンワル首相は本日、ワシントンの駐米マレーシア大使が、米国務省に呼びつけられたことを公表。
政府当局は、馬国政府がアメリカ合衆国から「パレスチナ・イスラエル紛争に関するデマルシュ通知」を受け取っていた(10月13日)ことを公表、米国のマレーシア臨時代理大使であるマヌ・バラが昨日、マレーシア外務省の次官に会ったことも確認した。
アンワル首相は、当事者からのいかなる叱責や警告の可能性があるにせよ、マレーシアはいかなる威嚇にも屈しないと発言。「その一例として、ワシントンのマレーシア大使が米国務省から呼び出され、パレスチナ問題におけるマレーシアの立場について詰問された」と、語った。
「さらに、外務省はマレーシアがガザでの戦闘に関与するために『代理人』の関与を避けるよう、求める米大使館からの「デマルシュ」を受け取った」と公表、(代理人はイラン意図していると示唆)。
(中略) アンワル首相は、馬国人がいかなる外部の圧力にも「不安や恐れ」を感じる必要はないと主張、マレーシアの堅固な立場は、「2023年10月27日に開催されました国連安全保障理事会の緊急会合で119の加盟国と共有された」と明らかにした。
全国紙 The Malay Mail ( 2023.11.01)
馬国政府が正式に米国に対して「否」と回答したかどうかは、報道されていません。Bukit Jalilでの演説では、欧米にはキッパリ断ったといって居ますが、外交レベルではどうなのでしょうか?
この投稿の最後に、11月1日付けの Malay Mail 紙のオンライン報道の全文を置きます。(11月2日の交更新) この報道では馬国外務大臣は、米国の要求に対して明確に拒否すると発言しています。
学生の行動規範を臨時発行
マレーシアのパレスチナ支援キャンペーンは、学生コミュニティにもインパクトを広げており、学生や児童の中には、頭に白黒のケフィーアを巻いて、手に模造の銃器をもって戸外で活動するような動きも出てきたようです。
これについては、流石に馬国政府も懸念を示していて、教育大臣から緊急の「行動規範」が発令されています。
発令のしかたが現代風で、教育機関への正式な通知以外に、SNSのX(旧ツイッター)等を利用しているようです。
教育大臣ファドリナ・シディクは、「パレスチナ連帯キャンペーン」が全力で行われている中、イベントを組織する学校に対し、「行動規範」を発表した。
昨日、Twitterとして知られていた)X上で公開された行動規範(ガイドライン)によれば、「過激な言葉遣いを慎むこと」が禁忌事項の冒頭にあり、挑発や暴力の象徴と見なされる武器や武器は明示的に禁止されている。
ガイドラインは進行中のキャンペーンが「パレスチナとの連帯」を示してはいるが、それだからといって「極端に走ってはいけない」と述べ、件の問題について公正な視点を提示するよう促している。
ガイドラインはまた、参加者に対し、特定のコミュニティや宗教を責めないようにし、個人が行った政策や決定を、特定の団体や信仰の「型にはめない」よう呼びかけている。
その他の禁忌リストには、事実を操作しないこと、対立を引き起こす可能性のある活動を避けること、および論争を引き起こす可能性のあるシンボルの使用を避けることが含まれる。
一方、ファドリナは、参加者に対し、人道的な価値観と平和に焦点を当てることを勧め、進行中の紛争に関する事実に基づいた発言を共有できるスピーカーを招待することも提案している。
また、ファドリナは、パレスチナの現状を描き、慈善活動を行うことで理解を促進するよう参加者に助言。さまざまな視点から問題を議論するための公聴会を奨励した。
<以下経緯説明ですが記事の一部です>
- 教育省は10月26日に、教育省の管轄下にある全ての教育機関で、10月29日から11月3日まで「パレスチナ連帯週間」が開催されることを発表していた。
- 教育省は、「パ連週間」が学生の間で実施されるべきと述べ、プログラムはマレーシア政府の立場を支持するものであり、パレスチナ人の権利と自由を共に守り続けると述べた。
- ただし、先週、動画サイトにパレスチナのケフィーヤを身につけ、模造の銃を持っている学生の写真やビデオが出回り、子供たちが想像上の標的を撃つ振りをしているものも含まれていたため、こういった動きについて論争が巻き起っていた。アンワル首相は、こうした出来事が制御を失わないように監視されるべしと述べている。
The Malay Mail ( 2023.11.01 )
- 別途、アンワル首相は、イスラエルとハマスの戦争においてパレスチナを強く支持しており、以前西側諸国から「ハマス非難」の立場を受け入れるよう圧力を受けたと発表している。
岸田首相の馬国訪問
まもなく岸田首相がマレーシアを訪問するが、この微妙な時期にアンワル首相に面会して何を話すのでしょうか?
あるいは、馬国の反イスラエル的な動きに反応した米国政府が日本の岸田首相にアンワルを沈静化させるよう指示したということなのでしょうか? 本当のところはわかりません。
アンワル首相は、かなり強気なので、日本からのアプローチは「あくまで人道的見地から反戦運動を展開してくれ」といったことになるのかもしれません。
日本は重油以外にも、エネルギー供給源をカタールとマレーシアにかなり依存しています。カタールもマレーシアも行ってみれば親パレスチナですから、関係が悪化することは困るわけです。
国 | 輸入量(百万トン) | 構成比(%) |
オーストラリア | 6,200 | 47.2 |
カタール | 2,600 | 19.3 |
マレーシア | 1,400 | 10.3 |
米国 | 1,200 | 8.7 |
ロシア | 1,000 | 7.3 |
インドネシア | 800 | 5.9 |
アルジェリア | 400 | 3 |
ナイジェリア | 300 | 2.3 |
特にロシアでのLNG開発の先行きが危ういため、現在のカタールとマレーシアからのエネルギー輸入を止めることはできないのです。
安全保障は米国圏、エネルギー保証はイスラム圏という難しいバランスの中の日本です。
少なくとも MM2H の条件緩和ぐらいは話してきてほしいものです。
日付 | 岸田首相の予定 |
11/3(金) | 東京発:マニラ着、日・フィリピン首脳会談等 |
11/4(土) | マニラ発:KL着(移動日) |
11/5(日) | 日・馬首脳会議等、同日KL発:東京着 |
参考:ケフィーヤ
白と黒のチェッカー模様のケフィーヤは、パレスチナのナショナリズムの象徴となり、まずは1936年から1939年にかけてのパレスチナのアラブ反乱で使われた白いケフィーヤから始まり、その後、1950年代にチェッカー模様の使用が広まりました。中東と北アフリカ以外の地域では、ケフィーヤは初めてイスラエルとの対立を支持する活動家の間で人気を博しました。
ケフィーヤの着用は、イスラエルとパレスチナの紛争における様々な政治勢力からしばしば批判を受けます。ヨーロッパの活動家もケフィーヤを着用しています。
また、アフガニスタンでは、アフマド・シャー・マスードを含む北部同盟のメンバーや支持者によって、テロに対する象徴としてもケフィーヤが着用されています。
インドネシアでは、一部の人々がパレスチナに連帯を示すためにケフィーヤを使用しています。
参考:デマルシュ(démarche)
米政府は、「デマルシュ」を「外国公人と取り交わす依頼または干渉、たとえば政策の支持を求めたり、相手国の政策や行動に抗議を行ったりするもの」と定義している。アメリカ政府は、「フロント・チャンネル・ケーブル」と呼ばれる指示経路を通じて外国政府にデマルシュを発行する。指示は米国務省から発行する。
米国務省の職員(または対外使節の団長権限を持つ公人)は、デマルシュを発行することができます。国務省が具体的な指示(たとえば「大使が外務大臣に直接伝えよ」といった指示)をしない限り、大使館は、発行側の当事者と、受け手になる相手国政府の公人を決定(特定)する裁量を持つ。
マレーシア外務大臣の発表
2023年11月2日に確認できた Malay Mail 紙のオンライン報道から
外務大臣Datuk Seri Zambry Abdul Kadirは、2024年予算に関する討論の締めくくりスピーチ中で、(米政府からの)démarcheにはさまざまな目的がある可能性があると認めつつも、マレーシアが受け取ったdémarcheは「イスラエル・ハマス戦争におけるプトラジャヤの立場」に関するものだと指摘した。(プトラジャヤ=馬国政府)
「既知の通り、démarcheは何の経緯・脈絡もなく、突然送られたわけではない。原因と効果、送られた理由があるはずだ、これが議論のポイントのひとつである。」
「第二に、どんな経緯で(送られたのか)?そして第三に、(パレスチナの緊急事態は)どのような事態なのか?であり、今起きている非常に深刻な事態は、超大国によって引き起こされたものだ。」
米国国務省は「デマルシュ」を「特定の主題に関する公式の立場、意見、または意向に関わる一国の外交的な発言」と定義し、それが「外国政府への説得、情報収集、抗議、または反対のために」送られるものであると説明している。
外務大臣の発言は、マレーシアに送られてきた3つのdémarcheの深刻さの度合いについて、議員からの質問に対応したもの。
「軽視はできない。送られたものを当たり前には受け取れない。(démarcheは)これが初めてでなく、二度、三度と続いており、その後、我が国の駐米大使に起きた事とも関連している。」
「よって我が国は、これまでの経緯に基づいた対策を講じる必要がある。幾つか提案された対処法のひとつは、抗議通知を送ること、または彼らの大使を呼び出すことであり、こういったアプローチで我々の見解と立場を伝える。」
「例えば、démarcheの趣旨は、我々は我が国の立ち位置を述べるよう求められており、また同情を表明するよう求められたが、これには ”No” と回答した。なぜなら、マレーシアの立場、マレーシアの原則は非常に明確で、パレスチナの闘争はけして新しいものではない。米国政府との対話は、それを踏まえたものである必要がある。」
マレーシアの駐米大使Datuk Seri Mohamed Nazri Abdul Azizは、国務省がイスラエルを非難し、シオニスト政権を「テロリスト」と呼んだアンワル・イブラヒム首相の発言に不快感を示したことを明らかにした。
ニュースポータルのAstro Awaniによると、外務大臣は、米国務省がマレーシアに対し、イスラエルに同情的な声明を発表するよう要請したが、これは不可能と述べた。
昨日の質疑において、アンワル首相は米国がマレーシアに圧力をかけ、国務省がワシントンの大使を呼び出したと述べている。
首相の事務局は、プトラジャヤが10月13日にパレスチナ・イスラエルの紛争に関する米国からのdémarche通知を受け取ったことを報道陣と確認。米国のマレーシア外務省の次官との会合に米国のマレーシア臨時代理大使(Chargé d’Affaires Manu Bhalla)が出席したと述べた。
Malay Mail, (2023.11.1)
最後まで参照いただき、ありがとうございます。