【修行体験】天才商人の日本支店

修行体験

この投稿は本編、「修行体験」の詳細記事です。

ビンセント社長の門下に転がり込んで1年がすぎた頃、筆者はこの天才社長から新たな課題を与えられます。

日本に出張所を設営しよう

筆者はそのために日本に飛んで場所を決めて「住み込んで」営業せよ

と言うのです。

KL(クアラルンプール)に住んでいる家族を残して筆者が単身で日本に駐在することを意味していました。

筆者が断れないことをビンセントは見抜いていました。

その頃、筆者の長男は馬国の外資系の医大を目指していたのです。不安定な家計は長男の目標達成を阻害します。

結果がどうなるか、自信はありませんでしたが、筆者はビンセントのミッションを受け取ることにしました。

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重要顧客の膝下(ひざもと)に出張所

勝手知ったる日本

日本での仕事ですから、難しいことはありませんでした。

出張所と言っても、筆者ひとりが執務するスペースと、馬国から頻繁に飛んでくる来るビンセント社長や営業関係者が寝泊まりする部屋、そして打ち合わせテーブルがあればそれで良いと言うわけです。

ビンセントは筆者に日本の銀行口座を開かせて、そこに送金しながら筆者が出張所を置く仕事を見ていました。

話し合いの末、横浜市の某所に事務所として使えそうなアパートを探すことにしました。重要顧客2社がこの某所に位置していたのです。

アパートが決まれば今度は最小限の備品の調達です。

設営が終わると、すぐに馬国からビンセントの配下の営業担当が入れ替わり立ち替わり出張してきました。

出張者のホテル代が帳消しになるので、費用対効果は十分でした。日本のアパートの風呂とシャワーは馬国人から見れば充分高級です。

贅沢まオフィスではなかったが、馬国から来た社員は横浜に出張してきてよく働いた。

受注できた電材のサプライは最小でも数百万円規模。大きければ数千万円の受注でしたから、出張所の賃貸料は充分まかなえたのです。

出張所の所得税

出張所というのは単なる駐屯地ですから、資本金や売上金などの損得勘定はありません。

帳簿につけるのは費用だけです。

こういう拠点のことを横文字では「コスト・センター」と呼びます。(ご存知の皆様には釈迦に説法ですが)

利益を上げる機能を持たないので「コストだけが発生する」という意味で「コスト・センター」

ところが、ここで「待った!」がかかります。

別の記事で税理士の採用の話をしますが、

結論から言いますと、日本の横浜市・某所の税務署から、はっきり申し渡されたのです、

「出張所運営も所得税の課税対象である」ということです。

税金がかかるには、課税額の算出が必要です、これをどのように算出するかが問題です。

2004年から2005年当時の日本の国税局の説明では、ビンセントの経営者としての税務は、

日本の出張所が稼いだ「みなし所得」(つまり課税額)を論理的に説明して、合意された税額払う

です。

なぜなら、

ビンセントの会社が出張所を持つのは、出張所での仕事から何らかの利益が見込めるからであり、応分の利益額があるのである。その利益が日本に源泉があるので、課税されなければならない

ということでした。

もちろん会社が赤字であれば、その旨の申告も可能だったと思います。(実際には会社は常に黒字)

もし、この時ビンセントが出張所だけの所得の申告を拒否するなら、彼は日本の国税局から「全世界所得」(この地球上で得た所得の全額)を証憑付きせ申告しなければならないという指導でした。

筆者にとっては貴重な修行になった一幕です。

出張所設立の成果

その後、筆者は2006年まで出張所を管理し、人も雇い、次の所長に引き継ぐまでフル稼働で働きました。

客先との交流も増え、馬国からの出張者も絶え間なく泊まりにきましたから、孤独感はありませんでした。

ビンセントの会社は、当時の海外でのプラント建設ブームに乗り、順調に売り上げを増やしました。2005年末には、毎月の給与以外にも賞与が出ました。

馬国から出張者が来ると、休みの日には横浜の中華街を案内しました。

事業がうまく回っていく中小企業を体感した2年間でした。

そして

ビンセントが筆者という人間を最大活用して、この「横浜出張所」の設置を計画した「先見の明」に

は頭が下がります。

筆者には思いつかない金の使い方の発想でした。

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