【修行体験】価格・品質競争だけが営業ではない

修行体験

この投稿は、本編「修行体験」の詳細記事です。

商品を売りさばくためには、取り扱う商品が充分安く、品質が良いことを客先に納得してもらう必要があります。

ビンセントの会社のような中小の電材商社は、

■ 実績が豊富でトラブルの少ない電材メーカーと協業する
■ 産業設備向けの電材の技術要件を熟知する
■ さまざまな方法で他社よりも売値を下げる方法を提案する

といった戦略を絶えず修練しながら客先にアピールしていました。

自由経済での取引を考える限り、こういったオーソドックスな売り込み交渉は全ての取引に共通な営業施策です。

ところが、こういった小さな商社の戦略には驚くような秘策もあるのです。

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購入仕様を承認するのは設備の施主

筆者が修行中(今から20年近く前)の挿話です。

海外の建設会社から馬国の産業設備に組み込まれる資材の見積もり依頼が来ていました。

建設案件は馬国某州の発電設備で、技術的には高度なエンジニアリングの知見が不可欠であり、馬国内の建設会社には対応できない案件です。

典型的な火力発電所の全景。この設備の完成までに無数の電材が調達されて据え付けられる。(フリー素材からアップしたイメージ写真です)

一方、この設備のオーナー(施主)は馬国「某州」の州政府ですから、この建設案件は言ってみれば地元の公共事業でした。

そして、ビンセントはこの州政府のリーダーである州知事と連絡を取れる立場にありました。

州知事の側近が華人であり、ビンセントの家族と縁があったのです。

単純に馬国の “Who You Know” 文化を利用して資材供給を直接売り込めれば良いのですが、そうすると、建設会社の責任範囲から外れてしまいます。施主は建設会社による発電設備の性能保証を受けられなくなります。

建設のための資材調達と工事を担当するのは海外の企業です。一部の業者を優先することは出来ず、ビンセントは他のサプライヤーとの競争環境に晒されていました。

ところが、ビンセントには「ある秘策」がありました。

そのためには、州知事の側近がビンセントの話に耳をかたむけさえすれば充分だったのです。

生物が資材の被膜を食いちぎるリスク

産業設備においては絶対に火災が起きないようにあらゆる防火対策が織り込まれた設計になっています。

スイッチや照明器具のような電材は、火災の原因になる火花が出たり、機材内部で爆発が起きない「防爆」仕様を設定しています。

これと似たリスクに蟻(アリ)などの生物による被害を防止する技術仕様も設定されます。

特にアリは何でも食いちぎる性質があるので、プラスチックやゴム製の被膜でおおわれた資材を設置する場合は、アリが寄り付かないように特殊な薬品を混ぜ込んた被膜を使います。

蟻に食いちぎられた電線の被膜。

参考:日本住宅健康協会ウエブサイト

ある種の資材を産業プラントに供給する場合、このアリ対策は現在は常識になっていて技術仕様にも「アンチ・ターマイト」(防蟻仕様)が明記されています。

件(くだん)の発電設備にも防蟻仕様の電材が必須でした。

この時、ビンセントはこの公共事業の施主である州知事の側近に面会して、設備設計について、ある献言をしました。

「アンチ・ローデント」(抗齧歯動物仕様)です。

技術要件の要否は微妙、推奨品質は合法

当時、先進国メーカーの電気設備で金属でないものは、殆どが防爆・防蟻仕様をクリアしていましたが、ネズミの被害を防ぐ抗齧歯動物(こうげっしとうぶつ)仕様というのは一般的ではありませんでした。

しかし、ネズミの被害というのは日本の一般の家屋のリスクでも知られています。

ネズミは電線の被膜をかじる。

参考:中央白蟻研究所の資料

ビンセントは、ある電材メーカーがネズミの寄り付かない抗齧歯仕様の製品を製作していたことを思い出したのです。

恐るべき記憶力です。

そして、馬国で建設中の発電設備にも「ネズミにかじられるリスク」の対策として「アンチ・ローデント」(抗齧歯動物仕様)を指定すべきだと州知事の側近に献言したのです。

施主の州では実際にネズミが木造施設などを食いちぎる被害を経験していたので、ビンセントは州知事から感謝されました。

まもなく、献言が採用されて、発電設備の一部の機材は「アンチ・ローデント」が必須になったのです。

驚いたのは担当していた建設会社の技術者です。「そんな条件は無かったはずだ」と応答しますが、施主側は「若干の追加金額を払ってもよいから」条件を飲めと主張したのです。

追加額が保証されるなら建設会社も抗弁できません。あとは、工事工程から遅れないように「アンチ・ローデント」の資材供給が可能かどうか調べるだけです。

自ら提案した特殊品の受注

ビンセントの会社は微妙なタイミングで条件変更の問い合わせを受け、淡々と対応しました。自社が取引している日系メーカーの「アンチ・ローデント」商品の供給を提案したのです。

同業他社は全てこのスペックの製品を期限までに提案できませんでした。

若干の値引きは必要でしたが、この取引でビンセントはこの電材のサプライヤとして建設会社から注文を受けたのです。

発電設備にネズミが発生するというのはあまり例が無いのですが、建設会社は施主の意向を受け、抗齧歯動物仕様の資材を導入しました。

馬国側でビンセント社長と某州との間で環境保全の対話があったことを知る人は殆どいません。しかし、彼はこのことで

州政府から感謝され、

建設会社からも突然の変更要求への対応力を評価され、

商品を提供した電材メーカーからも優良代理店として高い評価を得た

のです。

ビンセントの会社の営業幹部は、このように取引する資材の技術仕様について、最終権限を持つステークホルダー(殆どの場合は設備等の施主)に指定させるという「売り込み」方法を「スペック・イン」と呼んでいました。

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