この投稿は、本編【MM2H体験】の詳細記事です。
この記事では、MM2Hの基準をクリアした筆者の体験を紹介しております。内容は2010年当時の馬国の法規下での体験です。
【がちで起業】の本編を参照されるとわかりますが、筆者及び筆者家族は、MM2H申請の時期には「資産」と言えるものは(日本にある中古住宅以外)一切ありませんでした。
22年前からの住宅ローんはまだ終わっていませんでしたし、起業した会社は結果を残せず、馬国の天才商人に助けられて、ようやく生計を保っていた程度です。
言ってみれば、定年を迎えた資産家が利用するMM2Hを申請するステータスの人間・家族とは言えない状態だったのです。
それでもMM2Hを契約できた。そして10年間のマルチ・エントリーをフル活用できたのは、どういった経緯だったのか?
その点をご紹介しますので、かつての筆者のように「資金が無い」ながら、MM2Hに興味がある方は、撤退する前にご一読ください。
申請段階の残高証明と定期預金
2010年当時、MM2Hを申請した筆者と家族には2つの「高い」ハードルがありました。
ひとつは、円換算で900万円の残高証明書(流動資産証明)
もうひとつは、パスポートの内容です。
残高証明については、日本の筆者名義の銀行口座に900万円あれば、それを証明して貰えば良いのですが、
当時の筆者の手持ち現金は非常に少なく、この900万円はなんとかして一時的に借り集めてくる必要がありました。
経緯は割愛しますが、なんとか2つの人脈から、合計900万円を、およそ3ヶ月借りることに成功。
後にも先にも、住宅ローン以外でこんな大金を、しかも現金で、人から借りたことはありません。これが最初で最後だと今も思っています。
銀行から残高証明を取得して、MM2H申請を終えたのちに、すぐに債権者に返金しました。
つまり、ビザ取得後に、再度残高証明を要求された場合、筆者からは、「当時はありましたが、今はありません」と答える予定だったのです。
何度も employment pass を申請した旅券
申請時のもう一つのハードルは、パスポートです。
筆者のパスポートは、俗に言う「汚れ気味」のパスポートでした。
つまり複数の名義による Employment Pass(略してEP)が数珠つなぎになっていたのです。
🔳 1996年からは、所属していた日本企業の現地法人名義のEP
🔳 2000年からは、自分で開業した会社のEP
🔳 2003年からは、会社名を変えた自社名義のEP
🔳 2004年からは、華人商人の会社のEP
馬国内で4つもの会社を転々としてきた人間です。
馬国内で日経のMM2H申請代理人の方にパスポートの経緯を説明した際には、過去の経緯があるので、この履歴のままMM2Hの承認を取るのはかなり難しい
と宣告されています。
そういう条件で「ダメもと」で申請したMM2Hでした。
申請後の経緯
結果として、申請はすんなり通って、MM2Hのマルチ・エントリーのVISAが取れました。
そして、これ以降、
筆者は何度も馬国のイミグレーションを通過しましたが、
MM2Hのホルダーである、セカンド・ホーマーの条件である、資産証明(900万円)についてチェックを受けたことは一度もありませんでした。
馬国政府からも、定期的に「資産証明」を提出するといった要求を受けたことはありません。
このことが、今現在の馬国のMM2Hのルールなのかどうかは不明ですが、筆者の体験はこの通りでした。
馬国滞在期間
者家族のうち、筆者個人は、MM2HのVISA取得後に馬国に滞在したのは、年平均でおそらく3日から6日の間で、1ヶ月以上滞在したことはありません。
毎年の年末年始に、家族全員がクアラルンプールに集まることが習慣になっていました。(それ以外は筆者が日本で単身で就業)
家族(家内と長男)は、2018年までの8年間はほぼ100%馬国内に在住、MM2H期間の最後の2年だけは、日本や中国への在住で、馬国には旅行した際に1週間いないの滞在でした。
それでも、馬国政府から、滞在期間が過小であると言った通告を受けたことはありませんし、イミグレーションでトラブルになったことは一度もありませんでした。
直近のMM2Hの申請条件には90日の最低滞在期間が義務付けられているようですが、これが絶対条件となると、筆者のように、本人が日本で働いていて、母子が馬国に住んでいるような場合は、申請出来なくなる可能性が高く、なんとも残念な思いでおります。
2023年9月には政府から改定案が出るとの情報があるので、注目しています。
以上、これから申請される皆様のご参考になれば幸いです。