【馬国】マレーの真実(4)

馬国

冒頭の画像は、この話を読んだ Chat GPT によるイメージ画像。

スウェツテンナムの著作、“THE REAL MALAY, PEN PICTURES” (Carcosa, Malay Peninsula, May 1899.) は19世紀末、海峡植民地だったマラヤ半島の社会を描いた随筆や人物描写集であり、歴史資料としてとても興味深いものである。

本日の「マレーの真実」は、おそらくこのスウェッテンナムの著作でなければ絶対に公(おおやけ)にはならない史実である。無論、マレーシアの報道期間もここにある情報を世界に向けて配信するようなことは絶対にない。

日本の文化で言えば、天皇陛下やその近親者が危篤状態に陥るほどの重い病気に苦しみ、その臨床情報が世間に公表されるような話である。そんなことは許されるはずがない。

ところが、スウェッテンナム氏は実在したマレーのスルタンの闘病の記録を、いとも簡単に、しかも極めて写実的な文章で読者に渡している。この作品の著作権はすでに失効しているから、今ここで筆者が読者の皆さんに開示することにも問題はない。

注目していただきたいのは、この作品が伝えるマレー社会の人間模様や宗教上の特色であり、医学の知見ではない。ここには病名などの医学的な説明は無い。読者である我々にとって貴重なのは、19世紀とはいえ、他に類を見ない話。つまり、マレー社会の頂点にあるスルタンが崩御する間際の生死を彷徨う光景を、「マレーの真実」として知ることができるということに尽きる。

以下のサブセクションのタイトルは筆者のものである。

Some Last Touches(スルタンの闘病)

以前『Malay Sketches(マレー・スケッチ)』の一巻で、あるマレー人スルタンの風貌と、その性格について書いたことがある。そのスルタンは死後、「亡きスルタンに神の赦しあれ(the late Sultan, God-forgive-him)」と呼ばれた人物である。

彼は60歳くらいのころ、奇妙な病に冒された。最初の発作では、この病という敵との一戦に勝利したものの、二度目の襲来には、ついにスルタンも屈することになった。

そして、最初の発作が起きた当時、私はこのスルタンの政治顧問を務めていた。

このスルタンは、ペラ州(Perak)の第27代スルタン、Sultan Yusuf Sharifuddin Muzaffar Shah(スルタン・ユスフ・シャリフディン・ムザファル・シャー)と考えられる。最大の手掛かりは、スウェッテンハム自身が書いている、「最初の発作が起きた当時、私はスルタンの政治顧問だった」という一文だ。スウェッテンナムはペラとの関係が非常に深く、1884~86年にはペラの代理のレジデント(政務監督官)を務め、1889年からは正式にレジデントとなっている。

ペラの歴史を一読された方は、Raja Yusuf(ラジャ・ユスフ)という皇太子を記憶されているかもしれない。パンコール条約直後の初代レジデントと現地の首長たちの対立を当時の英国植民地政府の総督に陳情した代表団のリーダーでもあった。彼は1870年代の王位継承争いの際、アブドゥラ、イスマイルと並ぶ重要人物だった。その後、ペラ戦争と英国による政治再編を経て、ラジャ・ユスフはRegent(摂政)となり、最終的にSultan Yusuf Sharifuddin Muzaffar Shahとしてペラのスルタンを戴冠している。

病状が深刻であるとの知らせを受けると、私は腕の立つヨーロッパ人外科医を呼び寄せた。病気を診断し、患者の苦痛を和らげてくれることを期待したのである。

医師は、この病気について一つの見立てを示した。それが正しかったのかどうかは分からない。しかし彼は一週間ないし十日間、いつでも呼び出しに応じられる場所に滞在し、何度も患者を診たにもかかわらず、医師として治療に当たることは丁重に辞退した。したがって、その後スルタンが部分的かつ一時的に回復したことについて、この医師が自分の治療の成果だと主張できるものは何もない。

病人の苦痛を和らげたいと思っていただけではない。この症例そのものが非常に珍しいものに思えたので、私自身も強い関心を抱いていた。そこで私はたびたび患者を訪ね、自分の目で容態がどうなっているのかを確かめ、できる範囲でわずかながらでも手助けをし、そして何よりも、黒魔術の施術によってこの病人が殺されてしまうことのないように努めた。

こうして私自身の判断で見舞いに出向いたのだが、それ以外にも何度か私は「宮殿」へ大急ぎで呼び出されている。スルタンがいよいよ死を迎え、最後の苦闘が始まると思われるたびに、それを見届けるため呼ばれたのである。

当時、今にも人生の最後の瞬間を迎えようとしているように見えたスルタンを観察していて、実に興味深かったのは、死を目前にしてさえ、この男本来の性格が彼を完全に支配していたことである。そして、死に瀕した王が口にした「ぞっとするような冗談」には、不気味でありながら、同時にどこか哀れを誘う、何とも形容しがたい薄気味悪さがあった。

彼は以前から力強く、大声で話し、短気な専制君主だった。それまで病気というものをほとんど知らずに生きてきた男である。

英国政治顧問の臨床体験

私が見たところ、外見そのものには以前と変わったところはなかった。

しかし彼は、部屋の床の中央に敷かれたマットレスの上に仰向けになり、頭を低い枕一つに支えられて横たわっていた。光を失った両眼は、じっと天井に向けられていた。

あまりにも衰弱していたため、自分では何一つすることができなかった。彼が口を開くこと自体まれだったが、話すときには、ほとんど聞き取れないほどかすかな声で、体を焼き尽くすような熱と、いくら水を飲んでも癒えることのない渇きを訴えた。

水を求めて手を差し出すこともあった。しかし、その手に杯を持たせると、まるで自分の口がどこにあるのか分からないかのように、その中身を胸や頭、あるいは枕の上にこぼしてしまった。

だが何よりも痛ましかったのは、数分おきに彼を襲う発作によって、なすすべもないその顔と身体が激しく歪むのを見ることだった。

発作と発作の間には、ほとんど休む間もなかった。私はしばしば、その苦悶する姿が目に入らないよう、部屋の片隅へ退いた。まったく同じ発作が、単調なまでに正確に繰り返される。そのこと自体が恐ろしかった。

彼は仰向けに横たわり、頭をわずかに右へ向けている。やがて、ごくゆっくりと、その頭が左へ向かって動き始める。顔と手足が痙攣するように引きつりながら、頭は次第に左へ回っていく。そして頭が完全に左側へ向くころになると、激しい発作が頂点に達する。

膝はほとんど顎にぶつかるほど引き上げられ、顔は、もはや本人とは見分けがつかないほど激しく歪んだ。

やがて発作は、あたかも自ら力を使い果たしたかのように収まっていく。引きつりは止まり、手足から力が抜け、いつもの位置へと落ちていく。顔を歪めていた筋も緩んでいく。そして患者は、疲労しきった深いため息を一つつくと、不安定な浅い眠りへ落ちていくように見えた。

しかし、7分から10分ほどすると、まったく同じことが再び起こる。

それが何時間も、何時間も続いた。あれほど頑健な身体でさえ、どうしてこの絶え間ない苦痛に耐えられるのだろう、と不思議に思うほどだった。

発作をいくらかでも和らげる唯一の方法は、患者の頭を手で押さえ、左側へ回らないようにすることらしかった。しかし、そうすると今度は患者があまりにも激しく抵抗するため、病魔のなすがままにしておくよりも、むしろその「治療」の方が残酷にさえ思えた。

ラジャ・ハジ

こうした発作と発作の間に訪れる短い時間だけ、王は意識を取り戻し、正常な判断力で話すことができるようだった。

王は、自分の病床の周囲に集まった多くの名高いマレー人の中に、一人の非常に信仰の篤い人物がいることを知っていた。そして、スルタンの回復を待って何週間も滞在しているうちに、その人物自身も病に倒れ、今では同じ屋敷の中で、自分と同じように病床に伏していることも知っていた。

王は毎日のように、「あの客人の具合はどうだ?」と尋ねた。

そしてある晩、その客人の容態がいつも以上に悪いと知らされると、スルタンは不気味な笑みを浮かべ、少なからぬ満足の色を見せながらこう言った。

「結局のところ、あの王族の巡礼者、ラジャ・ハジが、主人であるこの私より先に、神の御慈悲のもとへ旅立つことになりそうだ。」

イスマイルの報酬

早くから、主君のそばに伺候(しこう:貴人に仕えたり、お世話をしたりすること。また、貴人のもとへ参上してご機嫌をうかがうこと)するのが自分の務めだと考えていた者たちの中に、ある村の首長がいた。

彼はスルタンの狩猟にしばしば同行する仲間であり、また、機転と秘密厳守を要する事柄では、頼りになる家臣でもあった。

しかし、そのような奉仕を長年続けてきたにもかかわらず、彼が受けた評価はわずかであり、報酬となるとさらに少なかった。だから、この男が主君の病床に付き添っていた理由について、死にかけた獣の周囲に禿鷹を引き寄せる本能にも似た動機があったとしても、まったく不当な見方だとは私(スウェッテンナム)は言うまい。

いずれにせよ、ある晩、王が「話したいことがあるから近くへ来い」と命じたとき、この首長の顔に浮かんでいたものは、悲しみとはいささか違っていた。

そこには、同情とは縁遠い何かがあった。

首長は敬意を示しながら、床の上を身を引きずるようにして進み、主君の枕元近くまで寄った。重い病に苦しむ王の口から、ひどく弱々しく疲れ切った声で、途切れ途切れに発せられる命令を聞き取れるところまで近づいたのである。

「もっと近くへ来い」主君が言った。「お前がどこにいるのか分からん」

「しもべはここにおります、殿下」首長はそう答え、少しずつ身を寄せた。

「もっと近くへ」スルタンは言った。

「お前が見えん。……ああ、そうだった。私は目が見えないのだ。何も見えん。

私の声は聞こえるか? 話しておきたいことがある」

「しもべは、もうすぐおそばにおります、殿下」首長は答えた。

「主君のお口から発せられることなら、どのようなことでも聞き取れます。しもべは、殿下のご命令をお待ちしております」

「イスマイル」スルタンは言った。

「お前はよく仕えてくれた。まだ私にそれができるうちに、お前に報いてやりたい」

自分の働きを認める励みになる言葉。そして、ようやく与えられようとしている遅すぎた報酬の約束。これを聞いたイスマイルの目は明らかに輝いた。

スルタンは続けた。「イスマイル、この指輪が見えるか?」そう言ってスルタンは、右手の指にはめていた、大きく高価なダイヤモンドの指輪に触れた。

「もっと近くへ来い、イスマイル。このダイヤモンドの指輪を私は……私は、お前に……」

スルタンは、指から指輪を抜き取ろうと苦労しているようだった。その様子を見つめるイスマイルの目には、期待に満ちた喜びがはっきりと浮かんでいた。彼の指もまた、その宝石に触れ、それを掴み、しっかりと自分の手の中に握りしめたくて、今にもむずむずと動き出しそうであった。

指輪は、長年飾ってきた王の指から、ゆっくりではあるが、すでに一つの関節を越えるところまで抜けてきていた。

「イスマイル! お前にこれを・・・」

ところが、まさにその瞬間だった。スルタンの顔がぴくりと引きつった。表情が一変した。

抜きかけていた指輪を元の位置までぐっと指にはめ戻した。そして頭がゆっくりと左へ回り始めると、激しい発作がスルタンを襲った。手足は痙攣し、顔は見る影もなく歪んだ。王妃と侍従たちが患者の苦痛を少しでも和らげようと懸命になる中、すっかり当ての外れたイスマイルは、苦々しげに床を這うようにして壁際まで引き下がった。

そして、このような場であるにもかかわらず、その光景のおかしさをどうしても完全には隠しきれなかった者たちは、笑い顔を見られないよう、手を上げて顔を覆ったのである。

ラーム・アリフ

マレー人は(おそらくすべてのイスラム教徒もそうなのかもしれないが)人がまさにこの世を去ろうとする瞬間、信仰篤い者には、至高なる神からのしるしともいうべきアラビア文字の 「ラーム・アリフ(lam-aliph)」が見える、と信じている。それは、彼らにとって、それはいわば「壁に現れた文字」、そして死の到来を告げるしるしなのである。

ある夜、王の最期がいよいよ迫ったと思われ、私はその臨終を見届けるため、大急ぎで呼び出された。迎え入れられた部屋に入ると、もはや見慣れたものとなっていた光景が広がっていた。私は長い夜になることを覚悟した。

病人が横たわる部屋は、人でいっぱいだった。王族の血を引く男女、子供に至るまで、誰もが親族でありスルタンであるこの人物の死の床へと急いで駆けつけていた。さらに近隣の住民も、入ることのできた者はできる限り部屋の中へ押し入っていた。

それだけではなかった。屋敷の中にも、その周囲に張られた野営地にも、実に雑多な人々が集まっていた。

イスラムの宗教者、呪術師、妖術使い、男女の現地人治療師、そして彼らに付き従う楽師や助手たち・・・そうした一団が、入り乱れるように集まっていたのである。

スルタンの容態は、確かにきわめて重篤に見えた。

人々の顔という顔に浮かんでいる不安、そして大勢の見守る者たちを静まり返らせている、いつもとは違う、何かを待ち受けるような沈黙。それを前にしては、私自身も、彼らと同じ不安を感じずにはいられなかった。それまで王をあれほど苦しめていた発作も、起こる間隔が次第に長くなっていた。王は目を閉じ、呼吸も苦しげで、完全に力尽きて横たわっていた。もはや医師にも呪術師にも、どうすることもできない状態に見えた。実際、治療師の一団はすでに人垣の後ろへと退いていた。そしてついに、宗教者たちだけが、誰にも邪魔されることなく患者のそばを占めるようになっていたのだ。

疲れ果てるような長い夜の見守りが続き、やがて朝が近づいたころだった。

突然、王が目を開いた。

そして痙攣するような力を振り絞って、身体を起こそうとした。

肩のそばにいた宗教者が、死にゆく王の頭を支えようとした。そのとき王が、かすかな声でつぶやいた。

「見えるような気がする……ラーム・アリフが!」

宗教者はひどく興奮した。そして集まっていた人々に、この知らせを告げた。

さらに、今まさにこの世を去ろうとしている主君の魂のために祈るよう、一同に呼びかけた。宗教者が祈りを先導した。群衆は頭を垂れ、両手のひらを上に向け、「アーミーン……アーミーン……」と、ところどころで唱和した。

スルタンの最後

数分後、その静かな単調な祈りの声が止んだ。沈黙が訪れた。全員の目が王へ向けられた。

王は意識を失ったかのように横たわっていた。

すると――

その顔に、かすかな笑みがゆっくりと浮かび始めた。そして王は、ぽつりとつぶやいた。

「どうやら私は、まだ死んでいないらしい。 ラーム・アリフを見たと思ったのは、私の勘違いだったようだ」

私は、少なくとも今のところは、この患者は大丈夫だろうと判断した。そして暗闇の中、よろめくように川岸を歩いて帰りながら、私はふと思った。

ルイ11世と、このマレー人の王との間には、どこか似たところがあるようだ。

ルイ11世は晩年、死を非常に恐れ、医師や宗教的な力を持つとされた人物などに頼りながら延命を求めた王として、英国の19世紀の読者にも知られていた。スウェッテンナムの最後の一文は、単に「二人とも王だった」という意味ではない。このマレー人スルタンも、ヨーロッパ人医師、現地の治療師、呪術師、宗教者など、利用できるものを周囲に集めながら死と向き合っている。 しかも死の間際まで、その強烈な個性と皮肉なユーモアを失わない。そこにスウェッテンハムはルイ11世との類似を感じただ。

そして最後の冗談、「ラーム・アリフを見たと思ったが、どうやら間違いだった」は、この章の冒頭にあった 「死に瀕した王のぞっとするような冗談」を最後にもう一度思い起こさせる。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。スウェテンナム氏がブラックジョークを愛する著作家であったことがよくわかる作品でした。

次の「マレーの真実」にご期待ください。

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