前回に引き続き「WOODCUTS(木こり)」の続編を紹介する。今回の内容はマレーのトラの逸話を二つ続けて紹介するもので、前回と同様、段落ごとのサブタイトルは筆者が付けたり、翻訳を担当したAIが推奨したものを採用したりしている。
この作品でも明らかなように、19世紀のマレー半島にはまだ原生林と野生の獣たちが人間のすぐそばで活動していた。少しの油断で人間たちの生命も危うくなるという生活上のリスクは常に付きまとっている。
トラの逸話(1)
この話は、前回のゾウの逸話とは対照的に、トラを恐怖の対象として描きながらも、動物の行動に人間的な動機を見いだす、スウェッテンナム独特の観察眼とユーモアが表れている。特に、白塗り用の刷毛(はけ)と中国式の傘だけでトラを退散させた二人の巡査の話は、特に印象的な場面である。
話に出てくるProvince Wellesley(プロヴィンス・ウェルズリー)は現在のマレーシア、ペナン州のマレー半島側に相当する地域で、現在は一般にスブラン・プライ(Seberang Perai)と呼ばれている。英国は1800年にこの地域を獲得しており、スウェッテンナムの時代の海峡植民地の一部である。現在でもペナン州の地図を見るとウェルズリーの名称が使われている。
数か月間、ペナン島の対岸に位置する英国領の細長い地域、プロヴィンス・ウェルズリーに駐在していたことがある。私は毎週、この地域の南部にある、互いに約十マイル(約16キロ)離れた二か所の拠点で裁判を開いていた。
ある日の午後のことである。そのうちの一か所で裁判を行っていると、二人のマレー人巡査がトラに襲われたという知らせが届いた。その事件が起きたのは、もう一方の裁判所へ向かうために私が通らなければならない道の途中だった。私はいつも、そちらの裁判所に宿泊することにしていた。
仕事を終えるとすぐに、私は警察からライフル銃を借り、当地で「シャンドリー」と呼ばれる小型の二輪馬車に乗って出発した。
七マイルほど進み、時刻が午後六時を過ぎた頃、突然、馬が驚いて道の反対側へ飛び、そのまま立ち止まった。
訳註:Shandry(シャンドリー)は当地で使用されていた小型の馬車の呼称です。原文では half-gharry と説明されている。Gharry はインドや英領マレーなどで使われた馬車の呼称で、ここでは小型の二輪馬車を指す。
私はトラの臭いがしたように思い、馬車を降りて周囲を調べた。そこは、深い森林の中をまっすぐに延びる、非常に長く平坦な道路の真ん中だった。道路の両側には草地があり、その外側には幅は広いが浅い、流水のある溝が設けられていて、道路と密林とを隔てていた。
馬が立ち止まった場所のすぐ前方に、奇妙な跡が残っていた。硬い路面に、かなり大きな円形の引っかき傷がついていたのである。まるで何かの獣が、ぐるぐると走り回って爪で地面を引っかいたかのようだった。私はその円形の跡から、大きなトラの新しい足跡をたどり、溝を越えて密林の中へ入った。しかし、そこで立ち止まった。すでに暗くなりかけていたし、それ以上調査を続ける気にはなれなかったからである。

そこで私は、馬を何とか説得して、このトラの出没した危険な場所を通過させ、さらに三マイルほど馬車を走らせた。そして、その夜の宿泊場所である、裁判所と警察署を兼ねた建物に到着した。到着すると私は、そこにいる者の中にトラを見た者がいるかと尋ねた。
いるという返事だったので、その話を聞かせてほしいと言った。そこで夕食を取りながら、私はこの冒険の主人公たちを呼び寄せた。以下は、彼らから聞いた話である。
ただし、あらかじめ断っておきたい。道路の状況について私が述べたことと、彼らから聞いた話を正確に再現していることについては、私が責任を持つ。しかし、それ以上のことについては責任を負えない。
私の前に案内されてきた二人は、どちらもマレー人の巡査だった。一人は背が高く痩せており、もう一人は肩幅が広く、がっしりした体格の力強い男だった。背の高い男を、ここではパンジャンと呼ぶことにしよう。彼はどちらかといえば頼りない男だった。もう一人は、確かマットという名前だった。水上警察に所属しており、実にたくましい立派な男だった。私は二人に、何が起きたのか話してくれるよう穏やかに頼んだ。二人は交互に話を引き継ぎながら、出来事を説明してくれた。事実関係について、二人の証言に食い違いはなかった。
巡査たちの話
彼らは、その日の午後、私が裁判を開いていた警察署で壁の白塗り作業をしていた。仕事を終えた二人は、正午頃、歩いて帰途についた。
マットは柄の長い白塗り用の刷毛(はけ)を持ち、パンジャンは中国式の傘を持っていた。
旅は何事もなく進んだが、私の馬が驚いて立ち止まった、まさにその場所に差しかかったとき、事件が起きた。何の前触れもなく、一頭のトラが密林から飛び出し、二人の真正面、道路の中央に躍り出たのである。
トラは二人の行く手を塞ぎ、恐ろしい声で吠えた。二人は、死ぬほど恐ろしかったことを認めた。少なくともパンジャンは、それを認めることに何のためらいもなかった。
しかし、彼らはマレー人である。トラが追いかける気になれば、逃げてもまったく無駄であり、逃走することはほぼ確実に死を意味することを知っていた。
こうした場合、マレー人の教えでは、片膝を地面につき、槍を持っていればその穂先を敵に向け、攻撃を待ち受けるべきだとされている。もし棒しか持っていなければ、それを槍であるかのように構える。そうすれば、トラはその違いに気づかないかもしれないというのである。
そこで二人は、そろって片膝をついた。マットが前に出て、白塗り用の刷毛を槍のように構えた。パンジャンは彼の陰に身を寄せ、傘を持って控えた。
トラは吠えながら、尾を激しく振り回して近づいてきた。しかし、マットは刷毛を構えて毅然と立ち向かい、トラが近づくと、その顔めがけて刷毛を突き出した。もう少しでトラのひげを白く塗ってしまうところだった。
トラは横へ飛び、二人の側面から襲いかかろうとした。しかし、二人は足を軸にして体の向きを変え、どちらから攻撃されても、常に刷毛の先がトラに向くようにした。トラは明らかに、この見慣れない武器を警戒していた。そして突然、戦術を変えた。
くるりと完全に後ろを向き、後ろ脚で猛烈に道路を引っかき始めたのである。砂や小石が雨のように巡査たちに向かって飛んできた。
この動作は、疑いなく二人の目をくらませ、混乱させるためのものだったのだろう。ところが、パンジャンは傘を広げ、自分と仲間をその下に隠した。トラは二人の防御の隙を見つけようと、彼らの周囲を一周するほど動き回ったが、爪で跳ね飛ばされた砂や小石は、丈夫な紙製の盾に当たって音を立てるだけで、何の害も与えなかった。
するとトラは、またしても突然、向きを変えた。しかし、そこには再び、白塗り用の刷毛の長い毛先が待ち構えていた。

巡査たちによれば、この攻防は二十分ほど続いたという。もっとも、私は内心では、せいぜい二、三分だったろうと思っている。
その間、トラは正面から襲いかかったり、尻を向けて攻撃したりを繰り返し、道路の上にまるでサーカスの演技場のような円形の跡を作ってしまったのである。
相手の頑強な抵抗と、これまで見たこともない奇妙な武器に、すっかり嫌気がさしたらしい。トラは溝を飛び越えると、現れたときと同じように突然、密林の中へ姿を消した。二人の巡査は立ち上がり、全能の神に心から感謝を捧げた。そして、遭遇した場所から十分な距離を取るまで、急いで道路を引き返したという。
トラの逸話(2)
すでに述べたとおり、道路はまっすぐで平坦だった。人家もなく、ひっそりとした場所である。
二人がまだ、あのサーカスの円形跡を見通せる位置にいたとき、八人か十人ほどの中国人の一団が姿を現した。巡査たちは彼らが来るのを待った。
中国人たちが近づくと、二人は数百ヤード先にトラがいることを説明しようとした。そして、彼らは武器らしいものを何も持っていないのだから、もっと装備の整った人が通りかかるまで待った方がよいと忠告した。中国人たちは棒も傘も持っていなかった。ただ短いズボンをはき、幅の広い中国式の帽子をかぶっているだけだった。
しかし、苦力たちは、巡査たちの言葉をほとんど理解できなかったのだろう。いずれにせよ、彼らは笑いながら、そのまま歩いていってしまった。マレー人の巡査たちは、自分たちの経験だけでもう十分だと考え、その場にとどまって、これから何が起きるかを見届けることにした。
中国人たちは大声で笑い、話しながら進み、まもなく例のトラの陣地に到達した。
すると、たちまちトラがその舞台に飛び込んできた。
一団は大混乱に陥った。
何人かは道路の両側の溝に転げ落ち、ほかの者たちは大声で叫び、悲鳴を上げた。中には、帽子を振り回したり、トラに向かって投げつけたりする者までいた。
これには、さしものトラ陛下も閉口したらしい。トラは再び密林の中へ姿を消した。中国人たちは散り散りになった仲間を集め、取り乱した気持ちを立て直すと、再び旅を続けた。
やがて反対方向からやって来た人々も、何の妨害も受けずに通り過ぎていった。
午後も暮れかかってきたので、マットとパンジャンも再び歩き始めることにした。二人の膝はまだ多少震えていたが、すでにその効力が実証された武器を頼りに、先へ進んだ。
こうして二人は、あの「死の陰の谷」を、トラのうなり声一つ聞くことなく通り抜け、無事に警察署へ帰り着いたのである。
訳註:「死の陰の谷」、原文の the Valley of the Shadow は、旧約聖書の詩篇23篇に登場する「死の陰の谷」(the valley of the shadow of death)を引用している。トラと遭遇した危険な道路を聖書の言葉になぞらえた、スウェッテンナムらしいユーモラスな言い回しである。
私の考えでは、このトラは道路脇の密林で、何か獲物、おそらく豚を仕留めていたのだろう。食事を邪魔されたことに腹を立てたのであって、食べ物を探していたわけではなかったのだ。
つまり、トラは単に文句を言いに飛び出してきたのであり、食事を終えるまで少し静かにしてもらいたかっただけなのである。ところが、それがどうにもかなわない。まして、十人も十二人もの中国人の一団が、いつまた現れるか分からないとなれば、なおさらである。
そこでトラは、やむを得ない事情を潔く受け入れ、夕食を別の場所で取ることにしたのだろう。
マレー語のパンジャン(panjang) は「長い」という意味。スウェッテンナムは背が高く痩せた巡査に、その体格を連想させる仮名を付けたのかもしれない。
トラの逸話(3)
マレーではよく知られているトラの話がある。この話は、できる限り広く世間に知られるだけの価値がある。
数か月前、サイドという名のマレー人が、マレー諸州の一つ、セランゴール州にあるケポンという場所へ、薪を切りに出かけた。
訳註:Kepong(ケポン)は現在のクアラルンプール北西部に位置する地域で、ご存知の読者も多いと思う。19世紀末には森林が広がり、野生動物が生息する環境が残っていた。
彼は古い前装式の銃を携えていた。その銃には、一発の弾丸と四発の大粒の散弾が装填されていた。
密林に入ってまだそれほど進まないうちに、サイドは前方約20ヤード(約18メートル)のところに、一頭のトラがいるのを発見した。サイドは銃を構え、発砲した。
訳註:前装銃(ぜんそうじゅう)とは、銃身や砲身の先端(銃口)から火薬や弾丸を装填する方式の銃のこと。日本に伝来した火縄銃や、ゲベール銃、ミニエー銃などがこれにあたる。19世紀後半に後装式(薬室から装填する方式)や金属薬莢が普及するまで、主流として使われていた。
トラはその場に倒れた。彼は慎重に近づいたが、獣はまったく動かなかった。そこでトラのすぐそばまで行ってみると、驚くべきことが分かった。
彼が仕留めたのは一頭ではなく、二頭だったのである。雄と雌のトラが一頭ずつ倒れていたのだ。この二頭は、セランゴール州の中心都市クアラルンプールへ運ばれた。政府が支給する報奨金を請求するためだ。

雌トラは全長7’10”(約2m39cm)、前脚の周囲が15-½”(約39cm)あった。一方、雄は若い個体で、全長7’3-½”(約2m22センチ)だった。セランゴール博物館の学芸員、A・L・バトラー氏は、この二頭を詳しく調査し、地元紙『マレー・メール(Malay Mail)』の編集者に次のような手紙を送った。
Quote:
編集長殿
昨日の貴紙に掲載された、ケポンのマレー人が一発の銃撃で二頭のトラを仕留めたという記事は、あまりにも驚くべき内容ですので、さらに詳しい事情をお知らせすれば、読者の皆さんにも興味を持っていただけると思います。
私は昨夜、この二頭のトラを解剖しました。そして、これらを仕留めた銃撃は、まさしく信じ難いほど幸運な一発だったと言わざるを得ません。
一頭については、たった一粒の散弾が致命傷となっていました。その散弾はエンドウ豆ほどの大きさしかありません。編集長、昨夜あなたにもお見せした、あの散弾です。
それは肩の後方の低い位置から体内に入り、心臓の中央を貫通して、反対側の皮膚の下にとどまっていました。ほかには傷はまったくありませんでした。
二頭目のトラも、同じような小さな散弾一粒によって命を落としていました。この散弾は肘の下から体内に入り、心臓を切り裂いた後、さらに胴体の下方へと進んでいました。もう一発の弾も頭部に命中していましたが、こちらの傷はごく軽いものでした。
マレー人の話によれば、彼がトラたちに出くわしたとき、二頭はシカを食べていたそうです。この話が真実であることは、二頭の胃の中がサンバー鹿の肉片と毛でいっぱいだったことからも裏づけられました。
また、雌トラは大量の草も食べていました。大型の肉食獣が草を食べる習性は、以前にも観察されたことがあります。
この男の話しぶりには、どこにも嘘をついているような様子がありませんでした。それどころか、彼自身はこの出来事を、少しも驚くべきことだとは思っていないようでした。
Unquote:
私はこれまで、トラに関する奇妙な話を数多く聞いてきた。しかし、正直に言えば、これほど説得力のある証拠がそろっていなかったなら、この話を人に伝えることには、ためらいを覚えたに違いない。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
今回の短編”WOODCUTS”には、もうひとつ、最後の段落があります。その話は次回にします。
前回のパートはこちら
