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マレーシアには連邦政府と州政府の2種類の政府があります。政府というからには、立法府があって、首相・閣僚が存在します。
どちらの権力が優先するかといえば、全国を統治する連邦政府であろうというのは誰もが理解しています。
では、州政府は何のために必要で、どんな役割を持っているのでしょうか?
それから、各州にはマレー人のスルタンがいますが、この人たちは政治的にはどのような権限を持っているのでしょうか?
連邦政府と州政府が対立することはあるのでしょうか?
まとめてみましたので、ご紹介します。筆者も初めて知った内容です。ポイントは4つあります。
- 国王・国の首相・州の首相の関係
- 立法府の役割分担(連邦政府・州政府・共有範囲)
- シャリア法(イスラムの法律)の位置付け
- 憲法とイスラム教の関係
そして、上の3つの疑問について次の答えを得ました。
- 州政府は、太古からのスルタンや領主の主権を守る自治体として尊重されている
- 連邦政府と州政府の役割分担は、馬国憲法で細かく決められている
- 連邦政府と州政が対立する場合、州政府の法律に従った采配がなされる
マレーシアには9つのスルタンを置く州と、4つのスルタン不在の州があります。
この記事の内容は、全て英語版の資料を参照の上、筆者が独自に日本語にした内容が記載されています。従って、正式な単語や文章は全て英文になります。
この記事の情報源:Wikipedia “Constitution of Malaysia”
条文の参照元: Wikisource “Constitution of Malaysia”
国家元首から州知事までの構造
マレーシアが国を統制する政治的システムは、英国のウェストミンスター・モデルを基盤にしています。マレーシアのウェストミンスター・モデルは次の特徴を持っています。
一元主義型議院内閣制
国家元首(マレーシアの場合は国王)が存在するが、実質的な統治権を持たず、首相率いる内閣が行政権の実権を持つ。国王は首相・内閣を罷免したり、議会の解散を命令できない。
多数決型民主主義
議会で過半数の議席を持つ政党の党首が首相として内閣を組織する。
学術的定義
議会主権、自由で公正な選挙を通じた説明責任、野党を含む多数党による行政府のコントロール、強い内閣、大臣責任制、官僚の無党派性、の6点を特徴とする。
では、ウェストミンスター・モデルではない自治のモデルは何かといえば、大統領制の米国や、大統領と首相が居るフランスの自治システムがあります。自由主義社会の外では、独裁制や中国のような共産圏の自治制度です。
ウェストミンスター・モデルは「立憲君主制」である日本にも馴染みがあります。
マレーシア国王
既にご紹介してきた通り、マレーシアの国王は、ウェストミンスター・モデルではあるが、一定の権力があって、立法プロセスにおいても両院が可決した後に、これをチェックしてコメントする(否決はできない)権限があったり、国の行政にSNS等のコミュニケーションツールを使って国王の見解を示すような場面が多々あります。
但し、国王は国民を捌いたり、罰を与えたりする立場は持っていません。
憲法第32条により、マレーシア連邦のトップ(a Supreme Head of the Federation or King of the Federation) としてマレー語の国王のタイトルである Yang di-Pertuan Agong が規定されていて、これが国王陛下です。これを略して YDPA と表記する場合があります。
上記ウェストミンスター・モデルの基本構造として、国王は民法や刑法の立法・司法・行政は行いません。条文では not liable (責任を負わない)とされていますが、実質は、「関わらない」という憲法上の取り決めになっています。
但し、日本の天皇制と同様、国王陛下を敬う儀礼的な文化と制度は今も根強く残っていて、マレーシア国民は特にマレー人を中心に国王に対して強い尊敬と畏怖を持って生活しています。これは憲法というよりは「歴史」です。
そして、この32条には、世界で唯一の「輪番制」の国王就任システムが規定されているのです。
ここは非常にユニークです。(輪番制は、スルタンを持つ9つの州のスルタン9名が、5年に一度開催される Majlis Raja-Raja (Conference of Rulers) によって国王と副国王を決めるというものですから、筆者の考えでは、どの州のスルタンも等しく大切であるというマレーシア独自の複数スルタン文化の象徴と言える取り決めです。
つまり、スルタンが存在する限り、国王の就任にはスルタン全員が合意して輪番制を運用しているわけです。
スルタンが継承されている9州 | Negeri Sembilan, Selangor, Perlis, Terengganu, Kedah, Kelantan, Pahang, Johor, and Perak |
スルタン不在の4州 | Penang, Malacca, Sabah, and Sarawak |
州政府の運用
スルタンは、各州の州政府を任命する上で重要な役割も持っています。
憲法第71条に 国家の主権と州憲法の記述があります。その中に
- 連邦は、各州のマレーのスルタンの主権を保証する義務がある
- 各州は、州の憲法の中に、一定の基本条項を置く義務がある
と規定されています。
全ての州には州の憲法があります。これらの複数の憲法について、きちんと統一性を持たせる意味で、各州の憲法には、基本条項を置くことを義務付けています。これが憲法第71条に規定されているわけです。
以下は憲法で定められた統一的な基本条項の要約です
注:ここではスルタン、ないしはスルタン不在の州の州知事である Chief Minister、 を総称して Ruler (「領主」)としています。
1. 最大5年任期で、「領主」と(民主的に選ばれた)構成員からなる州の立法議会を設立
2. 「領主」は、立法議会のメンバーから Executive Council (州の内閣)※ を任命
3. 「領主」は、Executive Council の責任者である Menteri Besar (Chief Minister) ※ を任命
4. 州の立法議会の解散時には全体の選挙を実施する5. 州憲法の修正要件については州の立法議会の2/3の合意を条件とする
※ 任命されるMenteri Besar (Chief Minister) は議会の大多数の信任を得た人物とする。そして「領主」は、Executive Council の構成員についてMenteri Besar の助言に従う
連邦議会は、州の憲法が基本的な条項を含まず、またはそれらと矛盾する条項を持つ場合、その州の憲法を修正する権限を持つ(第71条(4))。
詰まるところ、州の「領主」は、州の立法や行政について、議会の大多数の意見を尊重しなければなりません。州のスルタンは「主権」を保持しつつも、実際の権限は立法議会と行政機関にあるわけです。
スルタンの権限に限界線を引いていることはわかりました。国王さえも、国の民法や刑法に基づく行政執行に関わらない構造です。
残る疑問は、立法機能としての連邦と州議会の役割分担。そして連邦と州が対立する場合の優先順位です。
立法府の役割分担(連邦政府・州政府・共有範囲)
マレーシア憲法は、立法権限 ( legislative poewrs ) について3種類のリストを定めています。リストされているのは立法要件(法律の対象となる事柄)です。
- Federal List (連邦要件)
- State List (州要件)
- Concurrent List (共有要件)
内容的には Federal List (連邦要件)が最も広範囲で網羅的です。State List(州要件)のリストは各州単位で管理した方が様々な意味で効率的な物事を対象としている。
Concurrent List(共有要件)は、連邦と州の双方で立法を検討する内容です。
最も重要な条項は第75条です。75条は、3つの立法要件に不一致( conflict )がある場合は、常に Federal List(連邦要件)を適用するとしています。
リストの概要はこちら(誤解を防ぐ意味で、英語のまま列記しています)
Federal List | citizenship, defense, internal security, civil and criminal law, finance, trade, commerce and industry, education, labor, and tourism, etc. |
State List | land, local government, Syariah law and Syariah courts, State holidays and State public works, etc. |
Concurrent List | water supplies and housing, etc. |
実際に憲法に掲載されている役割分担のリストは細かく、多岐に渡っていて、ここではとても紹介しきれません。それでも、リストから漏れてしまっているような内容が実際に存在する場合は、憲法第77条により、州の立法議会が立法権限を持ちます。これを residual power (残存立法権限)と呼んでいます。
イスラムの戒律に関わるシャリーア(法)
州単位の立法要件である State List の中に Syariah law and Syariah courts という特殊な項目があります。他でもない、イスラムの戒律に基づくシャリーヤ法です。
シャリーアは、イスラム教の経典コーランと預言者ムハンマドの言行(スンナ)を法源とする法律で、イスラム法やイスラム聖法などとも呼ばれています。
シャリーアは民法、刑法、訴訟法、行政法、支配者論、国家論、国際法(スィヤル)、戦争法までを含む、幅広い法律でもあります。
このシャリーアにおいても州政府の立法権限には限度があります。第一にこのシャリーアはムスリムでない国民・市民には適用できません。(憲法の規定)
また、州レベルのシャリーア法廷は、ムスリムの罪人への刑罰を与える場合、その限度を、刑務所への刑期3年まで、罰金はRM5000まで、鞭打ちは6回までに限定されています。
以上、州政府は州の中で起きたムスリムによるイスラム法への違反行為について限定された罰を与えるシャリーア法を管理できますが、これはマレーシア国民全体に影響するものではありません。
私たち外国人が、マレーシアに永住して、イスラム教に入信したり、改宗したりする場合は、このシャリア法の影響を受けることになるので、事前に十分勉強しておく必要があります。
憲法上のイスラムの位置付け
シャリーアの適用制限に触れたので、最後に憲法上のイスラムの定義をご紹介します。
注目すべきは憲法第3条です。ここにイスラムに関する2つの基本認識が定められています。
1つは、イスラム教がマレーシア連邦の宗教であるということ。
1つは、イスラムが、第1条以外の諸条項に影響するものではないという定めです。
2つ目の条文は、我々日本人からみて、とても意外な内容です。イスラム国が、自国の憲法の条文に「イスラムの影響はない」と宣言しているのは矛盾に思えるのです。条文は以下の通りです
Article 3
- (1) Islam is the religion of the Federation; but other religions may be practiced in peace and harmony in any part of the Federation.
- (2) 以下の(3)項を除く9州のスルタンが各州のイスラム教皇である
- (3) スルタン不在の4州のイスラム教皇は当時の国王とする
- (4) Nothing in this Article derogates from any other provision of this Constitution.
- (5) 連邦直轄区の教皇は当時の国王とする
上記の第(4)項目の意味は、第3条が他の如何なる憲法の定めを曲げる効力を持たないということになります。(前置詞 from を伴う動詞 derogate の意味は、「減じる、損なう、傷つける、逸脱する、それる」です)
また、第(1)項に、連邦のあらゆる場において、平和的かつ融和を持って他の宗教活動も許されています。
我々日本人が一般的にイスラム国に抱いている印象とは大きく違うのではないでしょうか?中東諸国の完全なイスラム国とマレーシアとは、同じイスラム国家でも大きな違いがあるのではないでしょうか?
参考 Conference or Rulers
Conference or Rulers は、1897年の DUBAR会議 を起源とする(イギリス植民地の支配下ではなかった)連合マレー諸州の「国王評議会」。イギリスはごく少数の行政項目についてのみ助言した。
1897年に初めて開催された DUBAR会議 には、ペラク州、セランゴール州、ネゲリ・センビラン州、パハン州の4つの連合マレー諸州のみが代表として参加していた。
第二次世界大戦後、短命のマレーシア連合の下で、同様の機関である「スルタン評議会」が設置された。この評議会の公式メンバーは、連合の議長、9つ州の統治者、および法務長官、財務長官、事務総長。評議会の機能は、国王の選定ではなく、イスラム関連の立法を検討すること、および、必要に応じて連合の議長や州の統治者に助言することであった。
初の Conference or Rulers (輪番制国王の選定会議)は、1948年8月31日に開催された。これは、イギリスが半自治のマラヤ連邦を設立した年であり、出席したのは9つのマレー州の統治者。この会議は、独立後も続けられ、現在もマレーシア憲法の重要な部分である。
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次回はブミプトラに関わる取り決めをまとめます。
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