日本であれ、馬国(マレーシア)であれ、また、どんな仕事であれ、人間同士の暗黙の了解事項は「事故や怪我を無くそう」という共通認識です。
大規模であれ、小規模であれ、怪我をして病院おくりになるようなことは考えたくもありません。
一方、ほとんどの人は、「自分は大丈夫」と思っています。
もし、そこに過信があれば、全く予想だにしなかった事態に巻き込まれてしまいます。
筆者も、筆者の同業者も、建設プロジェクトの現場に入った初日には、徹底してその現場の「安全ルール」を叩き込まれました。
普段から家の外を出歩く時に安全に注意するのと何が違うの?
建設現場で要求される安全意識は、普段の生活のそれとは「全く」違うんです。
今日はそのことをご紹介します。
必須の安全装備
ネットの素材写真で、safety というキーワードの検索で出てきた写真を例に説明します。端的に言って、この人たちは、通常の建設現場のルールを守れていません。
- 足元を見ると、一番右の男性を除く3名は「安全靴」を履いていない
- 右から2番目の男性をのぞく3名は建設現場用の手袋を付けていない
- 安全メガネをつけているのは左から2番目の男性のみ、常用のメガネは安全基準外
- 右から2番目の男性を除き、安全帯(safety harness) が安全基準を満足していない
ただし、地上2メートル以上の高所で作業することが無いのであれば、安全帯の着用は絶対条件ではない。しかし、建設現場で2メートル以上の高所に登らないというのは非常に稀です。
ヘルメットを被って、蛍光色のうわばりを着ていれば、一応安全装備に「見える」のですが、この写真は、お飾りの写真として見るだけのもので、実際の安全講習では「ダメな例」ということになります。
安全に使う道具は特殊品
安全靴というのは、どういう靴かというと、「安全な靴」なのですが、そこには何らかの基準がありますs。
筆者が知る限り、靴のつま先に、頑強な金具が入っていて、1000kg (1トン)の重さものものが乗っかっても壊れないことが安全靴の基準です。
専門のメーカーのもの以外、どんなに頑丈な靴でも、建設現場の安全靴には使えないわけです。
靴は、履き慣れないと仕事にならないので、常に現場を動き回る立場の熟練の技術者や監督たちは、会社支給の靴ではなく、自分の安全靴を持っていたりします。
現場を訪問してくる、専門の技術者や客先のマネジメントでも、立派にスーツを着て出張して来ますが、スーツケースの中には安全靴が入っています。
手袋は、いわゆる日本の「軍手」ではダメで、通常は鹿皮などでできた頑丈な素材の手袋を使います。現場作業をする専門職にとってはこれが完全な「消耗品」です。2~3日で真っ黒になって使えません。
筆者は、作業員ではなかったので、同じものを半年から1年は使っていました。
喫煙家のための配慮は大変
全ての大型建設現場は「火気厳禁」です。ですが、現場のあちこちに「火気厳禁」や “NO SMOKING” 表示は見当たりません。
あまりにも基本的な安全要件なので、表示さえしないのです。
もちろん、建設現場で不用意にタバコを咥えて火をつけようものなら、近くの現場監督ないし安全指導員が飛んできて厳しく注意されます。
ただし、日本でも外国でも、喫煙家のための配慮があります。つまり喫煙所です。
現場では、オフィス内も禁煙ですから、一番立派な喫煙所はオフィスの脇に設置されます。
それ以外にも、建設現場のあちこちに Smoking Shed と称して、現場監督、作業員、マネジメントの区別なく誰でも一服できる仮設設備をつくります。
仮説というのは、後で取り壊すことを前提に準備する設備ですから、立派なものではないです。
喫煙所に集まるメンバーは、決まってきますので、この場所では、ありとあらゆる情報交換が行われます。
仕事終わりに飲みに行く店だとか、安い中華料理の場所の情報から、特定の人物を攻撃する情報、あるいはゴシップまで、現代のYoutubeのような情報交換が喫煙所でなされていたものです。
やたらと怒鳴り散らす、気に入らない現場監督がいたりすると、この場所では、皆が口を揃えて悪口を言って憂さ晴らしをします。
ところが、嫌われている人物が喫煙家だと、うかつに悪口も言えません。気がつくと近くで一服していたりすると大変。
馬国が国家的に監督している「労働安全」
これは、諸外国と同様の話ですが、馬国でも、独自の安全基準を国が定めています。
馬国の場合、その監督組織はJKKP (Jabatan Keselematan Kesihatan Pekerjaan, 英語で Department of Occupational Safety and Health ) と呼ばれていて、管理官は立派な技術者で、国内全域の建設現場の安全管理を取り締まっています。
彼らは国家機関ですから、その権力は絶大で、メンバーも一見して普通のマレー人ですが、中身は優秀な技術陣です。
安全管理は、単に現場での工事作業の安全だけでなく、工場や設備に据え付ける機器の運転に伴う爆発リスクや、設備を操作するオペレーターの怪我のリスクも審査の対象です。
筆者が関わったプロジェクトでは、石油精製に使用する各種機器の安全性のチェックが行われていて、筆者も毎週図面を持ってこのJKKPのオフィスに出向いて、据え付け予定の機器の設計情報を説明して認可をとっていました。
この JKKP については、別途詳しい記事を残すつもりです。
さて、ある時このJKKPの管理官が、筆者が務める企業の建設現場に抜き打ち検査に来たことがありました。
その際、現場内のある場所の安全管理が「基準を満たしていない」というので、管理官からクレイムを受けてしまって、「明日からこの現場は作業停止処分にする」という厳しい指導を受けました。
担当していたのが、たまたま筆者がよく知っている管理官だったので、平謝りに謝って、絶対に管理改善する約束で許してもらっています。
警察と違って、安全管理の分野は国の管理官が義理人情をわかってくれるので、重大な法規を遵守して、JKKPとうまく付き合えば大きな問題はありません。
関係者全員が恐れる「死亡事故」
今から28年前、馬国の建設現場でインドネシア人の作業員が死亡する事故が起きました。
この作業員は、大きな鉄製のタンクの内部を掃除する作業を行なっていました。彼は腰から上までの水位の水をいっぱい貯めたタンクの中で、タンクの壁面を掃除していたのですが、
運悪く、そとで働いていた別の作業員が、タンクの底から水を排出するためのドレン(排出口)のバルブを「閉」から「開」に操作してしまったため、タンク内の水が濁流となって外に流れ出し、内部作業をしていた作業員が、吸い込まれで溺死してしまったのです。
このように、建設現場の事故は、単に個人的な不注意で自分だけが傷つくのではなく、ちょっとした意思疎通の欠如で、安全に作業していたはずの人間を亡くしてしまうのです。
この時は、数千人が働いていた現場作業が全て中断され、全員が戸外に集められて、大きな集会が実施されました。(英語では Safety Stand Downと呼びます)
この集会では、事故の原因、今後の再発防止など、現場の最高責任者の発言も交えて徹底的に再発防止を指示しました。
企業のメンバーの定例会議は、暗く悲しいものになりました。普段は力強い発言で有名なタンク工事の担当の現場監督は、打ちひしがれたように全員に謝罪し、今後は絶対に事故は起こさないと誓っています。
事故の規模が、馬国のマスメディアに乗る基準までいかなかったため、新聞には載りまっせんでしたが、客先からはもちろん強い抗議を受けます。
亡くなった作業員の家族がどういう状況となったかを想像すると、こう言った事故は絶対に起こしてはならないことを痛感したものです。
英語版のwikipediaに、米国の死亡事故と労働環境の関係を示す指標がありましたので紹介します。これは、あくまで米国内の数字ですが、概ね世界各国の労働環境に当てはまると思えます。建設現場は上から2番目の危険度の位置にあります。
安全は「指導」が「習慣」となり「文化」となる
この絵のようなことが起きる現場では、どのような安全活動が必要でしょうか?
以下は、筆者が在職中に学んだ安全意識の醸成方法です。
- まず、監督者が率先して安全意識を組織内に「指導」する
- 組織内の安全行動は、指導により、やがて「習慣」になる
- 習慣が定着した時、安全行動はその組織の「文化」になる
ここでいう、安全行動には「座学」も含まれます。安全を守るためには、実に大くの知識が必要なんです。
ですから、建設現場では、毎朝、必ず安全をテーマに数分から十数分の話し合いをします。
NOBODY GETS HURT (ここでは、誰も傷つかない)
この一文は、多くの建設現場の安全標語になっています。工事現場やオフィス、喫煙所の壁に貼ってあります。現場の敷地に入るフェンスに大きな文字で看板が設置してあったりします。
貧富・地位・国境・人種・宗教を超えた素晴らしい「ひとこと」だと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今日もご安全に!
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