【修行体験】雇用:契約書の無い繋がり

修行体験

この投稿は本編、「修行体験」の詳細記事です。

1999年に馬国への移住を決意してから5年間の個人事業体験の末に大きな判断ミスを犯した筆者。

馬国人(華人)の天才商人に助けられなければ、夢破れて日本に帰国していただろうと思います。

年商2千万ドルの天才商人であるBYに助けられたのが2004年。

彼は筆者の債務の返済を助けてくれた上に、馬国在住の日本人の月収としては充分と言える1万RMという条件で彼の会社に招き入れてくれました。

この時のBYとの折衝(と言っても一方的に筆者が助けられた場面ですが)の中で「契約書をどうするのか?」が話題になりました。

スポンサーリンク

紙で繋がった人間関係に価値を感じない人々

筆者「ビンセントさん、ところでこれから貴方の会社で働く上の契約書類なんですが、そちらにテンプレート(雛形)はありますか?」

社長「契約書? いや契約書はないよ。なぜそんなことを聞く?」

筆者「結構な金額で雇ってもらうんだし、あれこれと諸条件があるから・・・」

社長「契約書なんてただの紙切れだよ。紙切れが何をしてくれるんだ。困った時に紙が助けになるのか?話をややこしくするだけだよ。そんなものはいらない。」

筆者「・・・」

その時の筆者の心境は複雑でしたが、考えてみれば、全く一方的な援助で助けてもらう境遇で「契約を示せ」と言うのも、気が引けます。

日本の企業でも、正式な個人との雇用契約書は略式で済ませています。その代わりに複雑な就業規則が規定があって社員の雇用を管理・統制していますね。

個人との雇用契約というのは言ってみれば西洋から入ってきた契約文化なのかもしれません。

契約が無いのであれば、社長の意思でいつでもクビにできるし、こちらも辞めたければすぐに辞められるということになります。

個人を雇う中小事業者の事業者の事例

では、筆者のような日本人個人が馬国の欧米の事業者に雇われる場合はどうでしょうか?筆者の経験を紹介します。

2002年頃のことです。筆者が欧米の中小の事業者に「アルバイト」的に雇われた時期がありました。(国名は伏せさせていただきます)

彼らは欧州に本社をもつ企業が組織する産業機器の馬国支店で、主に海外の産業機器を馬国内への輸入する仲介貿易案件を扱っていました。

筆者の仕事は、毎日、半日程度はKLの中心街にある彼らのオフィスで執務すること。ほととんどノルマのないコンサルのような立場で、報酬は月2,000RM(当時の為替で約6万円)でした。

雇用契約ないしはコンサル契約、つまり契約書の件で雇用主の外国人と話し合ったのですが、結局この外国人オーナーは筆者との契約書の取り交わしはしませんでした。

つまり口約束だけの関係です。

権利も義務もない繋がりです。あまりメリハリのない関係でしたから、何か別の仕事が決まれば、すぐに辞めようと考えてゆるい関係のままで仕事を続けていました。

ある日、会議の合間にオーナーの息子(馬国在住の支店長)と話している中で、彼から次のように釘を刺されました。

「うちのボスは滅多に人を雇うということはしない人間なんだ。君の場合は(我々には無い)日本企業の知見もあるし日本人ということで特別に月額報酬を出してるわけだ。」

「ところで、君は契約書について話をしたがるが、それは要らない。何故ここで僕らが契約書を作らないで仕事ができているか説明しておきたい。」

「よく聞いてほしいが、僕らは基本的に誰も信用していない。」

「信用していない相手と約束事を決めて動くんだから、常に裏切られるリスクがある。そのために仲間内のルールも決めてある。」

「よく聞いてほしい、○○(筆者の実名)、ここは馬国だ。日本じゃない。馬国ではどんなことも可能なんだ。」

「うちのボスはね、裏切った人間は許さない。許さないということは、あらゆる手を使って処分するということだ。」

馬国ではなんでも可能だ。交通事故、毒、行方不明。あらゆる手配が可能だ。政府も警察もそいいう案件はいちいち刑事事件として調べない。ある日に居なくなって、それで終わりだ。」

「だから○○(筆者の実名)、くれぐれも言っておくが我々を裏切るようなことは絶対にするな。これがルールだ。契約書は要らない。

写真はイメージです。仲良く仕事をしていても、口約束だけの関係だった・・・

支店長は真顔でニコリともしません。これを言われた時の感覚は、実際に経験した人間にしかわからないと思います。

日本の仕事環境から離れた場面での注意事項

英国人の商社から筆者が離脱したのは、この記事の話があった数週間後でした。「裏切り」という言葉の定義も決定権もはっきりしない相手とのお付き合いに「生死のリスク」を犯すつもりはありません。

そして2004年の大失策までは筆者は徹頭徹尾「直接雇用される」ことを避けて「会社対会社」の覚書で仕事を続けていました。

さて、話をBY社長との折衝に戻します。

華人のB Y社長から助けられた時点で、雇用契約はしないことを告げられた筆者。

その時点の自分の境遇から「無契約の就業環境」に飛び込むことを決めました。「馬国で中小事業者に雇用されることはしない」自分の主義も捨てました。

次のような理由でした

🔳  当面はこの人物に助けてもらうしか道がない

🔳  この人物は以前自分が在籍していた企業との取引を望んでいる

🔳  彼らが自分に対して危害を加えるなら、困るのは彼ら自身

件(くだん)の英国人の商社の「人使い」とは違いました。特に日本の企業からの受注で業績を上げているBYの会社です。

ある程度自分の存在価値が担保されている環境なら50%の信頼関係でも一緒に働くことは可能。

しかし、そうは言っても

日本の企業から外に出て個人として稼ぐのであれば、おそらくは、誰かに殺される(あるいは「殺す」と脅される)リスクも含めた判断が必要なのです。

この話を日本企業の仲間に話すと、大概の人は笑って相手にしません。でも、外国の雇用主から面と向かって言われた経験のある人間ならわかるはずです。

非常に複雑な話を投稿してしまいました。しかし、これが現実です。

こう考えると、法治国家日本の派遣法で守られている派遣社員という仕事の仕方も決して悪い選択では無いです。

タイトルとURLをコピーしました