新しい説話「AFTER THE IMPRESSIONISTS」は、ペラ地方(現在のペラ州)に伝わる、姿を見せず声や物音だけで存在を知らせる不思議な人々、マレー語の Orang Bunian(オラン・ブニアン) の民間伝承に登場する、通常は人間の目に見えない精霊的な存在である。
以下、これまでと同様に、原文の文学的な雰囲気を残しながら翻訳する。伝承であり、迷信でもある不思議な話であり、我々日本人も非常に惹きつけられる内容である。
筆者自身は内容に意識を奪われ、一気に読み終えてしまった。そこで今回は、あまり注釈や解説文をつけずに、著者であるスウェッテンナムの文章の翻訳だけに注力した。(といっても翻訳作業の90%以上は現代のオラン・ブニアンである人工知能の仕事・・・)
モヤンとスマスの伝承
「AFTER THE IMPRESSIONISTS」より
ペラをはじめとするマレー半島の各地には、スラン・ムニアン(Srang Mnyi-an)と呼ばれる、「目に見えない一族」が存在すると、広く信じられている言い伝えがある。
もっとも、「存在する」という言葉を使うこと自体、少々ためらわれる。この呼び名は、「音を立てる人々」という意味であり、目に見える普通の人間と区別して、そう呼ばれているのである。
迷信は古くから伝わるもので、この「音の民」は、人里離れた特定の場所に現れるとされている。それは通常、密林の奥深くにある川や沼地などである。
そうした場所では、木こりや、危険を冒して森に分け入る人々の証言が残っており、姿の見えない「音の民」の舟が水をかいて進む音や、彼らが話したり歌ったりする声を耳にするのだという。しかし、彼らが人間の前に姿を現すことは、あったとしてもきわめてまれである。
ペラ地方の言い伝えによれば、この「音の民」の一人が、ときおり人間の男や女に特別な好意を抱くことがある。そして、神秘的な力によって、その相手に貴重な情報を与えたり、助けの手を差し伸べたりするというのだ。
彼らは人間に害を与えることはない。
姿を見えなくしておくことができるため、ときとして奇妙な出来事を引き起こすことがある。ごくまれに、その一人が姿を現すことがあっても、その姿は普通のマレー人の男、あるいは女と変わらない。そして、その見知らぬ人物がオラン・ブニアン(音の民)の一員だったと分かるのは、たいてい、その人物が金銭に関して並外れた気前の良さを示した場合であるという。しかも、その正体が判明するのは、決まってその人物が立ち去った後なのである。
ペラ川の河口からおよそ150マイル上流、その右岸に、ゲリオン(Geliong)と呼ばれる小さな丘がある。この場所には、財宝を積んだ船が沈没したという言い伝えが残っている。そして「ゲリオン」という地名は、おそらくガレオン船(galleon)という言葉がマレー語になまったものであろう。
今からおよそ50年前、この丘の近くに、アンジャン・アシン(Anjang Asin)という男が住んでいた。彼は土地を所有する裕福な人物で、立派な家に暮らしていた。その家には何人もの使用人がおり、その中にスマス(S’mas)という若い娘がいた。
スマスという名は「黄金の娘(The Golden One)」を意味する。彼女は、家のあらゆる雑用を引き受ける、いわば何でも屋の女中であり、骨の折れる仕事を一手に押しつけられる下働きでもあった。
主人は厳しい男で、正直者とは言い難かった。一方、スマスは働き者で、言いつけられた仕事を嫌がらずに引き受けた。
家の中では、料理、裁縫、米搗き、水汲みなどをし、誰から呼ばれてもすぐに応じなければならなかった。そして、家の仕事がないときには、田んぼへ出て働かされた。季節に応じて、鍬で土を耕し、稲を植え、収穫し、あるいは刈り残された稲穂を拾い集めるのである。
このように、スマスには実に多くの仕事が押しつけられていた。
ところが、不思議なことに、彼女はいつも、何の苦労もしていないかのように、すべての仕事を片づけてしまうのだった。やがて家の者たちは、それが超自然的な力によるものであることに気づいた。彼女の仕事は、目に見えない何者かの手によって、代わりに行われていたのである。そして、どこからともなく声が聞こえてきた。
まさに、vox et praeterea nihil――「声だけがあり、それ以外には何もない」という状態であった。
その声は、スマスを助けているのは「音の民」の一人である女だと告げた。その女は、自らをスラ・インドラ(Sura Indra)と名乗った。
マレー人たちは彼女に、トー・モヤン(Toh Moyang)という称号を与えた。それは「高祖母」、すなわち曾祖母よりもさらに一代前の祖母を意味する呼び名であった。
やがて、この姿の見えない精霊の声は、家の中で誰もがよく知るものとなった。その声は、人々の会話に加わることもあれば、独り言をつぶやいたり、歌を歌ったり、スマスに話しかけたりすることもあった。そして、どうやらこの精霊が特に楽しみにしていたのは、アンジャン・アシンに向かって説教をすることだったらしい。
もっとも、アンジャン・アシンにとって、それは少しもありがたい楽しみではなかった。
しかし、彼には、その説教からどうやって身を守ればよいのか、見当もつかなかったのである。
アンジャン・アシンの不徳
トー・モヤンは、主人のアンジャン・アシンを叱りつけ、商売で目方をごまかしてはならないと諭した。物を買うときには大きな升を使い、売るときには小さな升を使うような、不正なことをしてはならないというのである。
さらに彼女は、アンジャン・アシンが客人をもてなそうとしないことを非難し、もっと気前よく振る舞うようにと説教した。
そして、こう言った。「お金を使うことを恐れる必要はありません。私が助けてあげるのですから。」
アンジャン・アシンは腹を立て、言い返した。「俺にそんなことを言って、何になるというのだ。お前は俺を助けてなどいないではないか。金だってくれないではないか。」
するとトー・モヤンは答えた。「お前にはもう、黄金があるではないか。」
もちろん、彼女が言っているのは、あの娘スマスのことであった。
ある夜のこと、泥棒たちがアンジャン・アシンの家に忍び込んだ。彼らがちょうど貴重品の入った箱を運び出そうとしていたとき、突然トー・モヤンが叫んだ。
「泥棒だ! 泥棒だ!」
主人は飛び起きた。泥棒たちは箱を敷居のところに置き去りにして、逃げ去ってしまった。
健気なスマスの体験
トー・モヤンの不思議な力が、とりわけ人々の目を引いたのは、スマスが稲の苗を植えるよう命じられたときのことであった。
水田で栽培する稲の場合、まず小さな苗代を作り、そこに種を播く。やがて種は芽を出し、鮮やかな緑色の草が密生しているかのように育っていく。苗が十八インチ、すなわち約四十五センチの高さになると、根ごと引き抜き、あらかじめ準備された田んぼへ運び、女たちが田植えをするのである。
通常、苗は水を張った田んぼに、鉄製の先の尖った道具を使って植えられる。熟練した者なら、驚くほど素早く作業を進めることができる。ところが、スマスが田植えをするときには、誰の目にも不思議なことが起こっているのが分かった。彼女が一本の稲の苗を植えるたびに、目に見えない何者かの手が、その少なくとも二倍の数の苗を植えていたのである。
苗の束から稲の苗が一本、また一本と、まるで自分で歩き出すかのように抜け出し、水を張った田んぼの泥の中に、次々と腰を落ち着けていく。この光景は、人々を大いに驚かせた。

呪術士とトーモヤン
トー・モヤンの奇妙な振る舞い、とりわけ、どうしても逃れることのできない彼女の説教は、アンジャン・アシンの神経をすっかり参らせてしまった。
彼は地方の首長や近隣の人々のもとを訪ね歩き、自分の不幸な境遇を訴え、この「声だけの女」を追い払う方法を誰か知らないかと尋ねて回った。すると、近所に住むチェ・マンゲック(Che Manggek)という男が、すぐさまその仕事を引き受けると申し出た。
彼は、自分は精霊を扱う術をすべて心得ていると豪語した。必要な呪文を唱えさえすれば、アンジャン・アシンの家からトー・モヤンを追い払うことができるというのである。
そこで、ある日、チェ・マンゲックは大勢の友人や崇拝者たちを引き連れ、アンジャン・アシンの家へやって来た。ところが、彼が戸口にたどり着くと、トー・モヤンの声が響いた。
「ようこそ、マンゲック!お前は私を祓いに来たのだね。私の力を封じ、ここから追い出そうというのだろう。よろしい。せいぜい力を尽くしてごらん。お前に何ができるのか、見せてもらおうではないか。」
これを聞くと、マンゲックは大声を張り上げ、悪霊を追い払うために知っている、最も効き目があるという呪文の数々を唱え始めた。
しかし、トー・モヤンの声は、その大声をさらに上回って響き渡った。彼女はマンゲックを罵り、からかい、散々に笑いものにした。とうとう集まった人々までが笑い出し、マンゲックは逃げ出してしまった。
回教指導者
このチェ・マンゲックの失敗を耳にしたのが、ドラーニ(Dorani)という名の、よく知られたイスラム教の宗教指導者、イマームであった。
彼は言った。
「マンゲックは、迷信じみたくだらない呪文を並べ立てて、あの精霊を祓おうとしたのだ。失敗するのは当然だ。私が行って、神の御名によって、あの悪霊を追い払ってみせよう。」
アンジャン・アシンは、ぜひ来て、できる限りのことをしてほしいと頼んだ。
ところが、イマームがまだ家の戸口にたどり着かないうちに、トー・モヤンの声が聞こえてきた。
「マンゲックは十本の指を持ってここへ来て、私を追い払おうとした。ところが、お前はたった六本の指しか持たずにやって来たではないか。あの男が失敗したのに、お前なら成功できるとでも思っているのか?」
実は、この宗教指導者ドラーニは、生まれつき片方の手に障害があったのである。彼が祓おうとしていた精霊は、どういうわけか、その身体的な秘密まで知っていた。そればかりか、
遠慮もなく、そのことを口にしたのである。
この不気味な知識を前にして、ドラーニはすっかり動揺してしまった。そして、たちまち逃げ出した。
ラジャ・ムダの登場
こうしてアンジャン・アシンは、もはや逃れようのないトー・モヤンの支配を、甘んじて受け入れるほかなくなった。
このころには、トー・モヤンの行動や言葉は、周辺一帯の人々の噂の種になっていた。
そして、ついにはラジャ・ムダ(Raja Muda)、すなわちスルタンの継承者の耳にも入ることとなった。
ラジャ・ムダは、この超自然的な現象について詳しく話を聞こうと、アンジャン・アシンを呼び寄せた。当時、ラジャ・ムダはブキッ・ガンタン(Bukit Gantang)という場所に滞在していた。この地名は、「1ガロンの丘(Hill of the Gallon-measure)」といった意味である。アンジャン・アシンは、その召喚に従い、ラジャ・ムダのもとへ赴いた。
ブキッ・ガンタンは、現在では広大な水田地帯の中心にある街道沿いの小さな集落にすぎず、それでもなお貧しい土地である。しかし、当時はまったく様子が違っていた。そこは、ペラで最も裕福な首長の居所であり、その妻たちが暮らす場所であり、彼の権威が及ぶ中心地でもあった。
また、旅の途中に立ち寄る人々には、誰であろうと惜しみない歓待が与えられる宿泊地でもあった。そして、ペラの支配階級に属する、美貌と知性、そして大胆で向こう見ずな気概を備えた人々の多くが集う場所でもあったのである。
ブキッ・ガンタンの風景
どの説話や短編にも織り込まれるスウェッテントナムの情景描写術がここでも発揮されている。ハスの花が咲き乱れる様子はあたかも芥川龍之介の文体を思わせるような秀作に思える。
そこには小高い丘があった。丘にはヤシや果樹が植えられ、その木陰には首長とその妻たち、そして家臣や使用人たちの住まいが、あちらこちらに点在していた。これらの家々、庭園、果樹園は丘の斜面全体に広がり、その周囲は高い煉瓦塀によって囲まれていた。塀にはいくつもの門や出入口が設けられており、一方は主要道路へ、もう一方は湖へと通じていた。
湖の水は丘の西側の麓を洗い、正面の道路沿いから丘の裏手まで、ぐるりと回り込むように広がっていた。そして、その背後には、平野から切り立つようにして、密林に覆われた高い山々が連なっていた。
その湖の景色は、わざわざ旅をしてでも見る価値があった。低い丘の出っ張りや入り江のように入り込んだ部分に沿って、水面が伸びたり奥へ引っ込んだりしながら、丘を取り巻いていた。丘は周囲を囲む塀の内側に静かにたたずみ、音もなく広がる湖を眺めながら、夢でも見ているかのようであった。
もっとも、この湖そのものに、周囲の絵のように美しい景観を除けば、特別に驚くべきものがあったわけではない。驚くべきは、そこに数え切れないほどの蓮が生い茂っていたことである。湖面のほとんどが蓮に覆われ、ところどころにだけ水面がのぞいていた。
そのわずかな水面は、サファイア色の空と、羊毛のように白く柔らかな雲を映し出す、まばゆい鏡のようであった。そして、見事な縁取りの中に収められた、絶えず姿を変える絵画のように、蓮の葉の間に浮かんでいた。しかし、何といっても素晴らしいのは、その縁取りを形づくるものだった。
蓮の葉! 蓮の花! そして蓮の実!
それらは、まさに一見の価値がある光景であった。そこは、蓮だけでできた密林のようであった。大きく丸い葉が湖面いっぱいに平たく広がり、その緑色のビロードのような表面には、巨大な朝露を思わせる、丸々とした水滴が載っていた。
水滴は葉の上に静かにとどまっているものもあれば、滑るように転がっているものもあった。長短さまざまな茎が、まるで林のように密生していた。その茎の先には、縁が波打つ見事な葉がつき、わずかに傾きながら広がっていた。
葉の表面には、何とも形容しがたい青みを帯びた光沢が浮かび、柔らかな緑色に不思議な輝きを与えていた。
そして、そこには何千もの花が咲いていた。花々は群れをなして咲き、あるいは小さな集まりをつくり、また、一本だけ離れて立つ茎もあった。つぼみもあれば、すでに開いた花もあり、その色合いは濃い桃色から、ごく淡い桃色まで、あらゆる濃淡に及んでいた。そして、完全に開いた花だけが、その中心にある黄色い部分をのぞかせていた。
葉や花の間には、何百もの蓮の実が、あちらこちらに散らばるようにして見えていた。その緑色の実を包む部分は、じょうろの散水口のような形をしており、そこに開いた一つ一つの小さな穴から、黄色い種子が顔をのぞかせていた。
実が熟してくると、茎は黒くなり、その奇妙な形をした実は、薄紫色や褐色を帯びるようになる。やがて小さな穴が開き、種子は水中へ落ちて沈み、根を下ろし、再び芽を出すのである。湖面の上には、無数のトンボが飛び交っていた。その色は、鮮やかな緋色、橙色、そしてトルコ石のような青色であった。トンボたちは透明な羽を水面に触れさせながら飛び回り、互いを追いかけることに飽きると、蓮の葉や花の上に止まって休んだ。
湖の真ん中、蓮が最も密生している場所に、一本だけ木が立っていた。それほど大きな木ではなかったが、そこには十二ほどのサイホウチョウ(tailorbird)の巣があった。その半数以上は、雄鳥たちの止まり場所にもなっていた。木からは、絶え間なく小鳥たちのさえずりが聞こえていた。
しかし、あれほど精巧な巣を巧みに編み上げる鳥たちも、丁寧に守られた止まり場所にいるのと同じくらい、巣の屋根の上に止まることを好んでいるようであった。
少なくとも、雄鳥たちはそうであった。
一方、巣の中で縫い仕事に励む雌鳥たちの静かな隠れ家には、好奇心に満ちた外からの視線が入り込むことは許されなかった。
はるか向こう、山の斜面が湖から急に立ち上がるあたりには、蓮に覆われていない広い水面があり、焼けつくような日差しを受けてきらめいていた。そこでは、黒っぽい羽毛を持つコガモの一群が、泳ぎ、潜り、互いに争っていた。彼らは警戒心の強い鳥で、危険を知らせるわずかな物音にも、隠れていた場所から重たげに飛び立つのであった。そして、甲高い鳴き声と羽ばたきの音を盛んに響かせながら、安全な高さで湖の上を旋回した。やがて飛び去る方向を決めると、長い一列に並び、高く力強く飛びながら、遠い空の彼方へと姿を消していくのである。
確かに、この「ガロンの丘」、すなわちブキット・ガンタンは、一度は訪れてみる価値のある場所であった。

ラジャ・ムダとスマスの面談
しかし、ある日の午後遅く、ラジャ・ムダからの召喚に応じてここへ到着したアンジャン・アシンが、この土地の魅力を楽しむ心境にあったかどうかは疑わしい。
何しろ、ラジャ・ムダが彼を呼び寄せたのは、あの「声だけの女」について詳しく話を聞き、自らの好奇心を満たすためだったからである。
訪問者たちは、城壁の内側にあるパンダック・レマン(Pandak Leman)という人物の家に宿泊することになった。
彼らの到着が知られると、ラジャ・ムダはすぐに使者を送り、トー・モヤンを連れて来たのかと尋ねさせた。
アンジャン・アシンは、それについては自分には何とも答えようがないと返事をした。
ただし、娘のスマスは連れて来た、と。
湖とは反対側の丘の斜面に沿って、小さな澄んだ小川が曲がりくねりながら流れていた。
日が沈むころ、訪問者たちはそこへ水浴びに出かけた。マレー人なら誰もがそうする習慣であった。
一行の娘の一人が、その小川を見て言った。
「この土地がどれほど豊かで立派なところか、ずいぶん聞かされてきました。ですから、私たちのペラ渓谷を流れる、あの陽光のように輝く川よりも、はるかに見事な大河があるものと思っていました。それなのに、これがあの評判の高いブキット・ガンタンの川なのですか?」
すると、一行の誰もがトー・モヤンのものだと分かる声が、あざけるように答えた。
「川ですって? こんなみすぼらしい小川が!私なら、もっと立派な川を自分で造ってみせますよ。」
女たちがパンダック・レマンの家へ戻ると、そこで起きた出来事を皆に話した。そして、トー・モヤンが間違いなくここへ来ているという知らせが、ラジャ・ムダのもとへ届けられた。
それから間もなく、訪問者たちは夕食をとった。米の飯を食べ終えると、トー・モヤンの声が、ナツメヤシの実を持ってくるように求めた。そこで、その実を盛った皿が出された。
客人たちがそれを食べていると、誰もが不思議なものを目にし、耳にした。
まるで天井から投げ落とされたかのように、ナツメヤシの種が床へ次々と落ちてきたのである。
ちょうどそのころ、ラジャ・ムダからの使者がやって来た。ラジャ・ムダ自身がパンダック・レマンの家を訪れ、トー・モヤンと話をしたいというのである。
誰かが返事をするよりも早く、トー・モヤンが口を開いた。「ラジャ・ムダ殿下が、私と話すためにこちらへおいでになるですって!そのようなことは、あってはなりません。私の方から殿下のもとへ参りましょう。」
使者は主人のもとへ戻り、聞いたとおりのことを報告した。そこで、娘のスマスがラジャ・ムダのもとへ送られた。
そこには大勢の人々が集まり、姿の見えない女の声を聞こうと、期待に胸を膨らませて待っていた。ところが、肉体を持たない女にしか見られないような気まぐれさを発揮して、トー・モヤンは一言も発しようとしなかった。
この期待外れの結果は、精霊の声などという世間の信仰をあざ笑っていた、同情心のない人物がその場にいたためだとされた。結局、何の不思議な現象も起こらなかったので、スマスはパンダック・レマンの家へ戻された。
Asing Mdok-nya
すると今度は、ラジャ・ムダの側近の一人、チェ・ロビ(Che Lobih)という廷臣が、自らの運を試そうとやって来た。
このチェ・ロビは、たいそう話術に長けた人物として知られていた。彼は姿の見えない女に向かい、どうか声を聞かせてほしいと、熱心に頼み込んだ。
すると、彼が大いに喜んだことに、トー・モヤンが答えた。
「さあ、私はここにいますよ。何の用ですか?」
チェ・ロビは答えた。
「一つお願いがあります。あなたは大変賢い女性だと聞いています。ぜひ私に知恵を授けていただきたいのです。」
「何を知りたいのですか?」と声が尋ねた。
「私が知りたいのは」とチェ・ロビは言った。
「女の心を射止める秘訣です。」
「なぜ、そんなことを知りたがるのです?」と声は尋ねた。「いつもそればかり。ほかのことには目もくれないのですね。」
「それなら、もう結構です」と廷臣は答えた。「しかし、トー・モヤン、どうすればあなたの心を射止められるのか、それだけは教えてください。私が欲しいのは、ほかでもない、あなたなのですから。」
しかし、この偉大なる高祖母が、もったいぶって口にしたのは、ただ一つの謎めいた言葉だけであった。
「Asing Mdok-nya」
これを文字どおりに訳せば、「あなたが座りたいのは、別の場所でしょう」という意味になる。
この言い回しは、その後、ことわざのように広く使われるようになった。ペラの上流階級の人々の間では、誰かが口にした願望や意図が本心からのものではないのではないかと疑うとき、直接それを指摘せず、遠回しに伝える丁寧な表現として、一般に使われているのである。
パンダック・レマンの銀貨
チェ・ロビがラジャ・ムダのもとへ戻り、自分の体験を報告すると、パンダック・レマンの家は夜のために戸締まりされた。家の主人パンダック・レマンは、熱病にかかって床に伏せっており、誰かに体を揉んでもらいたいと頼んだ。
すると、すぐにトー・モヤンの声が聞こえた。
「私が揉んであげましょう。」
その瞬間、病人は自分の手足が、冷たく柔らかな手によって、優しく、しかも巧みに揉まれ、つままれているのを感じた。パンダック・レマンは体が楽になり、大いに喜んで言った。
「ありがとうございます、トー・モヤン。
私はぜひ、あなたの手に触れてみたいのですが、許していただけませんか?」
「よろしいですよ」と声が答えた。
「ここに私の腕があります。触ってごらんなさい。」
パンダック・レマンは手を伸ばし、滑らかで柔らかな腕に触れた。そして、その肌の上に指を滑らせながら、突然、手首をつかもうとした。
ところが、彼の手は何もつかんでいなかった。
すると声が言った。
「私をつかまえようとしてはいけません。あなたにはできないことです。そもそも、あなたはそんなことを頼まなかったし、頼まれたとしても私は承知しなかったでしょう。私はあなたの体を揉んであげたのですから、そのお礼に何かいただかなければなりません。スマスのために、いろいろ買ってあげたいものがあるのです。」
パンダック・レマンは言った。
「もちろん、お礼は差し上げましょう。あなたの手はどこにありますか?」そう言いながら、銀貨二ドルを取り出した。トー・モヤンは答えた。「私の手はもう用意できています。銀貨を落としてください。」
パンダック・レマンが銀貨を手放すと、二枚の銀貨は床に落ちることなく、そのまま姿を消してしまった。

アシンの末路
翌日、アンジャン・アシン、スマス、そして一行の者たちは、ブキット・ゲリオンへ帰っていった。
その後もトー・モヤンは、ときおりアンジャン・アシンに忠告を続けた。しかし、アンジャン・アシンは相変わらず、その言葉を頑として無視し続けた。
そして、ついに彼の身に大きな災難が降りかかった。その年に収穫した米のすべてを貯蔵していた建物が火事になり、完全に焼け落ちてしまったのである。
その日を境に、アンジャン・アシンも、その家族の誰一人として、二度とトー・モヤンの声を聞くことはなかった。
ペラのスルタンが、姿の見えない「声の民」に関するこの迷信と、アンジャン・アシンの体験談について、私に語ってくれた。
スルタンは、こう話した。
Quote :
それから何年もたったころ、アンジャン・アシンはすでに年老い、死期も近づいていました。もはや嘘をつくことを恐れる年齢になっていたのです。
そこで私は、彼に尋ねました。
『トー・モヤンが、本当にお前の米蔵を焼き払ったのか?』すると、彼はこう答えました。
『トー・モヤンが焼いたとは、私には申し上げられません。実際に彼女が火をつけるところを見たわけではありませんから。しかし、私には敵などおりませんでした。そして、あの火事の日以来、私は二度と彼女の声を聞くことがなかったのです。』
Unquote :
今回の最終部分には、マレー人の言語文化、精霊信仰、社会的な礼儀作法、そしてスウェッテンナムの民間伝承に対する姿勢を理解するうえで、興味深い点がある。
最後の段落では、語り手がスウェッテンナム自身に戻り、彼は、ペラのスルタンからこの話を聞いたと記している。
つまり、この物語は単なる作者の創作としてではなく、ペラの支配階級に伝わっていた実際の伝承を、スルタンから聞き取ったものとして提示されているのだ。もちろん、スルタンが語ったということ自体が、超自然的な出来事の真実性を証明するものではない。
しかし、19世紀のペラ社会において、オラン・ブニアンのような存在がどのように信じられ、語り継がれていたのかを知るうえでは、貴重な記録といえよう。そして、「自分の目で見ていない以上、断定はできない」というアンジャン・アシンの最後の言葉は、超自然的な物語でありながら、事実と推測を区別する慎重さを残した、印象深い結末になっている。
忘れてはならないのは、作者のスウェッテントナムがこの短編の冒頭で「音の民」について宣言している一文である。
「彼らは人間に害を与えることはない。」
最後までご覧いただき、ありがとうございます。