アイキャッチ画像の写真は報道内容はこの記事とは無関係のイメージ写真です
4月23日に起きた RMN (Royal Malaysian Navy) の軍用ヘリコプター2機の空中衝突事故は、馬国全土を震撼させ、全国紙のオンライン報道のトップを席巻しました。
事故が起きたのは、海軍の創立90周年をのセレモニーで披露するはずだった、海軍ヘリによるフライパスト( flypast : 複数のエアクラフトが特殊な編隊を組んで式典で技量を披露すること)の訓練中に発生しています。
報道では、軍用ヘリの型式の情報が出回り、亡くなった10名の軍人と搭乗員全ての氏名が発表されています(このサイトでは氏名のリストは控えますが、参照の必要がある方は下記 から記事にアクセス願います。)
交通事故?それとも労働災害?
最新の制御機材を積んだ軍用機であっても、パイロットが誤操作をすれば事故は起きます。
現在のところ、命を落とした10名の検死 (Autopsy) の結果を待っているところですが、衝突して墜落したヘリの機械的な検証や、ボイスレコーダーの回収と解析にはまだまだ時間がかかります。
筆者は、海外の建設工事現場を幾度も経験したプロですから、この件が何であるか、はっきり断言できますが、これは交通事故的な話ではない、当然「労働災害」(労災)であり、海軍の職業安全 ( occupational safery )に関わる訓練やルーチンに問題があったということになります。
実際の軍事行動や、軍事訓練では、式典で披露するような「特殊な編隊」は組みません。
それをやるのは、どの国でも、超一流のトップガンと呼ばれるパイロットだけです。
今回、この悲惨な労災が起きた背景に何があったかは、徐々に情報が出てくると思いますが、
恐らく、この件を担当したパイロットは、特殊編隊での飛行演技の場合の、安全要件の確認、あるいは関係者との事前の安全会議などの実施、そういった一連の職業安全のステップを100%踏んでいなかったと思えます。
部長・課長レベルの問題ではない労災事故
筆者は、海外の建設工事で、当事者に非常に近い立場で仕事をしてきたので、労働災害の責任の重さは身にしみています。
こういう事故は、会社でいう、部長や課長が出てきて社会と親族に謝罪するというレベルの問題ではないです。
謝罪に出るのは会社なら社長。海軍なら総司令官レベル、そして防衛省の大臣も謝罪させられる可能性が高い。
地域の司令官や部隊長はせいぜい葬儀の会場をアレンジしたり、お悔やみの電報などの手配の実務を行うだけです。
今から、30年以上前、筆者の会社の若いエンジニアが建設現場で亡くなりました、彼は30代半ばで、結婚したばっかりでした。
労災認定になって、社葬(会社が葬儀を主催して運用する)が行われました。有名人の葬儀で知られる、地域で一番大きな寺院で何百人という会葬者をむかえて葬儀を行ったのです。
筆者も参列して、亡骸の横に連座する奥様とご両親に一礼して御焼香致しましたが、憔悴し切った結婚直後の奥様は可哀想でとても目を合わせることができませんでした。
遺体が家族に戻った時、奥様は絶対に遺体とは対面しなかったそうです。実の父親が力づくで対面させようとしていたそうですが、ものすごい反発で家族は断念したようです。奥様には、目の前の事故が現実としてはとても受け入れられなかったのです。このことの衝撃と悲しみは今でも鮮明に覚えています。
職業安全の存在しない職業は職業では無い
筆者は、役員定年を迎えるまで、建設と機器資材管理の執行役を拝命しておりましたが、社員が労災で命を落とすという事故は一度も起きませんでした。
職業安全については、先に紹介したエンジニアの労災事案の教訓もあり、世界でトップクラスの安全指導員や指導要領を参照して会社独自の職業安全の体制を作ってきました。
事故は人の行動から起きます。AIや機械やコンピューターが安全を確保するものではありません。
まずは、経験豊かな指導員(スーパーバイザー)による適切な指導。そして、毎日、全ての会議の前に5分間の safety talk (安全に関わる情報交換)を行います。
これだけやれば、社員が安全に働けるか?といえば、まだまだ不十分です。手や足の怪我、熱射病などのトラブルは頻繁に起きます。
適切な安全指導を繰り返すうちに、「やがて安全確認が習慣になる」ことが非常に大事です。習慣になることで、社員は、理屈で動くのでなく、条件反射的に安全行動をとる習慣を身につけます。
それは、例えば車の運転で、左折する前の「巻き込み注意」の動作(顔の向きを左に降って歩行者やバイクがいないか瞬時にチェック)するのと同じです。
安全習慣が社員全員に浸透してくれば、これはもう、この会社の「文化」になります。つまり職業安全の訓練と教育のゴールは職業安全を会社の文化にすることなんです。
JKKPはきちんと機能しているはず
マレーシアにも「労働安全衛生部」が存在します
- 馬国語:Jabatan Keselamatan dan Kessihatan Pekerjaan (JKKP)
- 英語名:Department of Occupational Safety and Health (DOSH)
筆者が企業の代表として馬国で建設工事を行った際、様々な安全基準についてこのJKKPの優秀な検査官(基本的にはエンジニア)から厳しいチェックを受けました。
筆者は海外や国内から仕入れて(組み立てるための)機械の安全チェックにこのJKKPに、それこそ数百回も訪問して、説明と督促を繰り返しました。
中でも機械を担当していたHZさんというエンジニアは、非常に真面目で向学心の高いマレー人技術者で、日本の技術企画のJISまで勉強して熟知していました。
日本人のエンジニア顔まけの有識者でした。
筆者は技術者では無いので、何とか彼承認書類を(早く)出してもらうために、毎週水曜の朝には、KLのJKKPに出向いて、HZさんが朝飯のロティ・チャナイを食べに出てくるところを待って、一緒に朝食をとって打ち解けるようになりました。
HZさんは、筆者が直接JPPKに出向いたことを評価してくれました。なぜなら、あまりに多くの知識のないマレー系のエイジェントたちが日本の企業から案件を引き受けて、法外な報酬をとりながら、まともに仕事をしないので困っていたからです。
彼は日本人の仕事がきっちりしていることは、熟知していましたから、日本人が直接JKKPに毎週訪問してくることに好印象を持ったのです。
つまり、安全にマレーシア人エイジェントは要らない。安全は、常に当事者が自分で確保することなのです
筆者は日本人ですから、日本的なアプローチで、HZさんを何度か「食事に」誘ったのですが、彼はそのたびに、
「いや、それはダメでしょう。誘うなら、私が所属する機械安全課(10数人)全員を誘うべきだ。それならいいでしょう」
個人的なお誘いにホイホイ出てくる国営系の利権会社の部長より遥かに質の高い人だと感じました。
30年も前の話です。現在は、どの企業でも海外の公職員への過剰なアプローチは厳禁です。
JKKPのホームページは日本からのアクセスが良くなく、見れないのですが、先日アクセスが良い時に覗いてみたら、HZさんはトップの Director General に昇進していました。
自分は一緒に仕事をした係官が昇進してトップに登っているのを見るのは喜ばしいことです。彼がトップなら、公正で妥協のない安全文化が醸成されるはずです。
最後まで参照いただき、ありがとうございました