マレーシア(馬国)の巨大プロジェクトの知られざる異世界体験を紹介するシリーズです。
前回アップした石油精製のお話に続くコンテンツとして、マレーシアの「特産品」と言っても過言ではない「天然ガス」についてご紹介します。
紹介内容は、ネット上で既知の事実として公開されている内容(情報的には Public Domain で公開済のもの)を、わかりやすくまとめる形で準備していますので、企業秘密や秘密情報を暴露している記事ではありません。天然ガス関連の「基礎知識」として参照ください。
硬い話が多いみたいですね。もっと面白い話は無いんですか?
すみません ; ここまではどうしても説明しておかないと、後続の記事で「意味不明」になってしまう内容があるので・・・ 今回で硬い話は終わりなんで。お許しを!
マレーシアの領海の地底には「天然ガス」が埋蔵されています。地下資源として、「これ以上ない」程の国家資産です。
一方で、日本は中国と並ぶ世界最大の液化天然ガス(Liquefied Natural Gas = LNG)の輸入国で、2021年の輸入実績でも、中国が全体の21%、日本が20%の量を輸入しています。
そんなに輸入して何に使うのかというと、目的の第1位が他でもない「発電」なんです。輸入したLNGの70%以上は国内の発電所に送られているのが実情。石炭や原子力をやめる分、LNGや風力などの再生エネルギーで発電しているというわけです。
発電以外のLNGの用途は、一般家庭のガス燃料としての消費(18%)、残り(11%)が産業利用です。
ということで、日本は既にマレーシアからの長期的なLNGの輸入契約を締結していますし、マレーシア国内のLNG関連施設の設計や建設も担当してきているのです。
2023年の経産省のエネルギー白書によれば、日本の2030年のエネルギー需要のうち、31%が石油、19%が石炭、そして18%がLNGと予想されています。
天然ガスの「液化」設備とは
日本語の Wikipedia 「天然ガス」を検索して、生産工程のセクションを読むと、結構詳しい液化設備の説明が書き連ねてありますが、専門用語が多すぎて意味不明だと思います。ここでは、もう少し一般的な言葉で、ざっくりした説明をします。
海底から採掘したばかりの天然ガスは異物だらけ
地中から取り出した状態の天然ガスは、純粋な可燃性ガスだけでなく、液状の化学物質と「異物・不純物」を多量に含んでいます。
この内、液体の部分は(専門的には「炭化水素化合物」)前回説明した「留分」と同じで、石油化学製品として商業価値があリます。したがって、LNGとは別の設備に移送されます。この液状の炭化水素成分を総称して「コンデンセート(凝縮液)」と呼んでいます。つまり、常温で液化している留分です。
ゴミのたぐいは特殊なゴミ採り装置で取り除かれます。この部分にもノウハウがあって、最も効率の良いゴミ取り装置を専門メーカーから取り寄せて据え付けます。
特殊なプロセスで分離する「純正可燃ガス」以外の化学成分
液体とゴミを取ったガスには、まだまだ、水蒸気、硫黄、硫化水素、水銀、ヘリウム、窒素、二酸化炭素などが混ざっていて、純正の可燃性ガスとしては質が低い状態です。
これらの不要成分も、さまざまな化学的手法を組み合わせて分離されます。硫黄分だとか、ヘリウムといった物質は個別に保存されて有効活用されます。
残った純正の可燃性ガスの成分は、産出場所にもよりますが、9割はメタン(一部の地域では若干のエタンを含む)です。常温・常圧では可燃性で、酸素と混ざって発火すると爆発します。
メタンの分子式はCH4、エタンは C2H6 です。
徹底して不純物を取り除いているので、LNGは石炭や石油と比較しても、異物の排出量が少ないわけです。
抽出できた純正天然ガスを冷却
ガスを燃焼させて利用する施設が、直ぐ近くにあるのであれば、ほぼ純正のメタンをパイプで繋いで利用すれば良いが、現実的には利用する場所が遠くにあるので、ガスを(物理的に)取り扱いやすい状態にする必要があります。一番お手頃なのは「濃縮」することです。
その方法が、他でもない「冷凍化」です。
世界に点在するノウハウを使って「最も効率よく、可燃性ガスが液化する温度まで冷やす」方法が採用されます(ここから先が企業秘密になります)
特殊な冷却装置でマイナス162度以下に冷却されたガスは、ここで「液化」します。(氷結するということはないです)
液化した天然ガスの体積は、気体のそれと比べると600分の1でしかありません。つまり、600リッターの空間に詰めたメタンガスを冷却して1リッターに凝縮しているわけです。
これを運んで液状のまま専用タンクに貯蔵すれば、いつでも必要な時に600倍の容積の気体に戻して活用すれば良いわけです。
単なる「冷凍」作業では価値創造できない
天然ガスの冷凍設備は、単なる「冷蔵庫」的なものでは売り物になりません。
冷却に使うエネルギー効率を最適化したり、液化できなかった蒸発部分を再利用するなど、さまざまな機能が複雑に影響しあうシステムが採用されます。このシステムを設計できるのは、米国に1社、日本に2社、そして、(筆者が知る限り)最近はフランスにも1社あります。
この部分のノウハウが差異化されているので、中国や韓国、インドのエンジニアリング会社は天然ガスの液化設備の設計・施工の仕事には参入できていないわけです。
世界の液化設備の半分以上は日本企業の設計
日本のエンジニアリング会社の御三家といえば日揮、千代井田化工、東洋エンジニアリングですが、これらのエンジ会社のホームページを参照すればわかるとおり、世界に点在する天然ガスの液化設備(いわゆるLNGプラント)の過半数は、日揮と千代田化工が設計し、プロジェクトのリーダーとして協力会社とともに建設工事を完了させてきたわけです。
オリンピックに例えれば、連戦連勝。ワールドカップなら常にベスト4です。
この分野では、「技術大国ニッポン」は健在なのです。
そして、マレーシアのサラワク州・ビンツルに建設されたLNG設備は、全部「日揮」というエンジニアリング会社が請け負って設計・施工・試運転を完了しています。
ここから先は筆者の私見ですが、
LNGプラントのプロセスというのは、前述の冷凍プロセスの設計が「肝(きも)」にあたるところであり、それ以外の部分をまとめてみれば、技術的には前回紹介した「石油精製」よりもいくぶんか簡単なものです。
心臓部にあたる部分さえ技術移転されれば、韓国でも中国でもLNGプラントを設計・施工できる企業が育ってくると思われます。それが何時になるかは何とも言えません。
LNGの危険度
筆者がエンジ会社に就職した1981年頃、非常によく売れていた「LNGの恐怖」という海外の書籍がありました。(LNGの恐怖―凍れる炎 <1981年> リー・ニードリングハウス・デービス著)
現在では、LNGは日本の経済と産業に完全に融合しましたから、誰もLNGを取り扱うリスクを口にしませんが、1980年当時は、天然ガスをエネルギー資源として扱うことには一定の抵抗がありました。
それから45年、LNGプラントを設計する上での安全基準はとても厳しくなりました。1980年代には影も形もなかった安全度チェックが設計手順の中に組み込まれています。このあたりも企業秘密なので公開はできませんが、こういった厳しい安全基準を適用して設計・施工しているので、世界のLNGプラントでは大事故は起きていません。
事故が起きていないからといって、LNGは絶対安全ということにはなりません。新興国の建設会社が設計・施工に安易に手を染めることが出来ないのは、こういった厳しい安全管理を完全に理解して運用できる確証がとれていないからなのです。
最後まで参照いただき、ありがとうございます。
真面目なお話が続きましたが、基本的な説明が必要でしたので、あえて前置きしました。ご容赦ください。次回からいよいよ「泣き笑いの異世界体験」のご紹介が始まります。
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