企業臨死体験 馬国編 04

馬国

この記事の写真は全てイメージ素材で、実在する人物や団体のものではありません。 image photo by envato elements with all rights reserved.

前回のお話はこちら。

1995年から99年まで家族帯同で馬国に長期滞在した筆者は、家族ぐるみで馬国と相性が良いと思い込んだのが発端で、家族ぐるみの決意でこの国に移住して自営業を始めた。

1999年の暮れは日本で除夜の鐘を聴くことなく、思惑通り日本の企業を辞めてクアラルンプール(KL)のコンドミニアムに移住。家族でケーブルテレビの洋画配信を鑑賞していた。

既に興味を失った大晦日の歌番組や「ゆく年くる年」で正月を迎えるのではなく、KLの広い大理石の居間で洋画を見ることは、我々家族にとっては不思議な開放感だった。

マレーシアと聞くと殆どの日本人は「お堅い回教徒の国」と思うだろうし、酒も飲めない、窮屈な社会と思われがちだが、その実態は全く違う。

在る意味で、マレーシア(馬国)には日本にない自由があった。

居酒屋で日本酒

馬国は人口密度の低い国だ。

KLが都会だといっても、日本の新宿や銀座のように人の波が渦巻くような場所は殆どない。日本に似ているのは、まあいってみれば交通渋滞ぐらいだろう。

少し日本が恋しくなって寿司屋にいったり、日本風の居酒屋で熱燗を飲むような息抜きができるのである。このKLならすぐに実現する話だ。

居酒屋に警察が入ってきて飲酒中の人間を取り締まるなんてことは絶対に無いし、イスラム教で禁じられている肉類を食べても、何の問題も無い。

日本食となると、私の場合(当時)はいくつも気に入った店があった。寿司なら都心のエクアトリアル・ホテルの「勘八」に行けば、営業時間なら極上の握りを味わえる。値段は格安とはいかないが、それでも日本の高級寿司屋よりは安い。そして、いつも混雑していない。

スルタン・イスマイル沿いなら、コンコルドホテルにも日本食店があったし、車でちょっと郊外に出れば日本人クラブの立派な日本食堂もある。メニューは豊富だ。

「居酒屋」兼「定食屋」といえば、例えばウィズマ・コーズウェイに在る日本食の Yashi no mi (ヤシの実?)がある。(1998年創業は、私が起業する一年前からの店)この店の雰囲気は、全く日本の定食屋そのもので、懐かしさを感じさせる。

日本人の経営でなく、日本の食感とはちょっと違うが、美味しいことは美味しい「鉄板焼」の店もある。我々家族は、Sungei Wang Plazaの6Fか7Fあたりの店舗によく出かけたものだ。この店は日本人経営ではなく、おそらくインド系のオーナーだから、日本の鉄板焼よりは安い。

まだまだ、書き足りない。日本料理店はそこかしこに点在しているから、日本食に飢えるということは絶対にない。事実、私が、どうしても日本でないと食べられないと感じるのは、JRの駅に在るような蕎麦屋と、日本の冬柿と、その冬柿で作る「干し柿」ぐらいなものだ。

KTVラウンジというクラブ

馬国でお客を接待するとなると、当然食事に誘うわけだが、食事だけでなく、都会の雑居ビルの中に点在するカラオケ・ラウンジが在る。ここでは、半分アルバイトの若いホステス系の女性と商談、いや笑談しながらばか話に花が咲くひとときを体験できる。

もちろん、飲酒可能であり、ありとあらゆる酒が用意されている。日本人のオーナーが経営しているラウンジまである。繰り返すが、人口密度が低い国だから、混雑して入店できないということはまず無い。

写真は筆者ではない。  image photo by envato elements.

1999年当時、ちょっと寄り道して2〜3曲歌って、ちょっと飲んで帰れば、300リンギットから400リンギット(ひとり12000円程度)の出費。そうではなく、長居してしまうと、1000リンギット(3万円)は取られるから、日本のバーやスナックと変わらない出費になる。

外国のホステスに接待される経験に乏しい日本人の男はだいたいその手の接待に大満足するものだ。そして、KLや他の都市部であっても、決してスネに傷のあるようなおじさんが出てきて脅かされることも無い。彼らとしては、客ともめて評判が落ちるよりは、安くねぎられて、また寄ってもらう方がよほど得だからだ。

日本の銀座や新宿のホストクラブやキャバレーで、大金を払える客だけが楽しむような場所とは違う。日本のサラリーマンでもちょっと節約して余剰資金を持てば、カラオケ・ラウンジで遊べる。だから日本企業の幹部は皆この手の店で憂さ晴らしをするのだ。私の記憶では、日本の中年のサラリーマンがKLに駐在している間に、カラオケに何十万円も使ってしまって、奥様からひどく怒られて大変なことになった例もある。

違法薬物の取り締まり

それでも、「これだけは絶対ダメ」という領域もある。薬物だ。

馬国に麻薬類を持ち込んで空港で発覚すれば、即座に現行犯逮捕されて勾留されるが、基本的に薬物の持ち込みは法律上は死罪とされている。

私がKLで働いていた頃に有名だった事件は、ある日本人女性が、誰かの手荷物を預かってKLに渡航したことで、その手荷物に薬物が入っていたために、逮捕され、冤罪を主張するも全く相手にされなかった例である。

家族帯同でKLに住んでいても、薬物が流通している現場には全く遭遇しない。唯一私の家族が聞いた話では、子供の間で一種の麻薬のような食べ物が流行して大問題になったと言う程度の話である。

日常において、薬物中毒と思われる人間に遭遇したこともない。薬物に厳しい取締を続けてた馬国政府の貢献は賞賛に値するだろう。現在の北米やカナダの薬物乱用の実態を見ると、一線を超えるのと超えないのではどれだけ違うのかはっきりわかる。

マレーシアにおいては、路上生活者はほぼ皆無だし、麻薬でゾンビ状態になった人間がスラム街に生息しているといったようなことは20年間一度も見ていない。

それどころか、日本の電車の中や路上に現れるはしたない泥酔者もKLには見当たらない。酔っ払ってフラフラの人間を見ることは稀にあるが、決して暴力的な行為には及ばないのがマレーシアの文化なのだ。

ある意味で、日本の飲酒事情や麻薬事情よりもクリーンなこの国に長期滞在してビジネスをしたいと考えるのは日本人としては自然な反応なのだ。

飲酒運転と罰金のリスク

馬国で最も規制が緩いものの一つは飲酒運転だろうと思う。

もちろん、馬国でも飲酒運転は違法だし、道路上で交通警察に止められて、アルコールが測定されて一定の数字を超えていれば、かなりの額の罰金を取られる。

しかし、交通網が期待通りに動いておらず、ほとんどの国民が自家用車で生活しなければんならない馬国では、酒を飲んだ状態で運転しているドライバーはそこらじゅうに存在する。このあたりは、アメリカなどの北米の都市と若干似通った事情のようだ。

警察の検問にあった場合、相手とどこまで交渉できるか会話をしてみたりするのだが、もちろん罰金は払わなければならない。

もちろん泥酔して運転すれば事故も起きる。しかし、「飲酒で捕まった」と言う話は、ほとんど日常会話に出てこない。聞くのは「駐車違反」の話ばかりだ。

飲酒運転で書類送検されたという話も聞かないし、逮捕されたという話も聞かない。

馬国がイスラム国だといっても、こういった面で特に取締が厳しいと言うわけでもなく、私も20年以上前の記憶では、酒気帯び運転する日本人もたくさん知っていた。

酒気帯び程度の場合は、仮に路上で交通警察の検問にあっても、示談(警察官個人との直接交渉)で解決できた時代だった。(申し訳ないが、今それがどうなったかは全くわからない。この一年半というもの馬国の英字新聞を毎日チェックしてきたが、酒気帯び運転で罰金だとか検挙されたというような記事は見当たらなかった。)

示談というのは加害者と被害者の交渉であって、警察との示談というのは日本では存在しないが、馬国では20年以上前から存在していたのだ。繰り返すが、今どうなっているか私は知らない。

そんなこんなで、不思議な自由が味わえるマレーシアだ。イスラム国だという事実もいつの間にか忘れてしまう場所だった。知り合った馬国人と飲み歩いたり、遊び歩いていれば、個人事業など「あっ」という間に倒産してしまう。

そういう危険な誘惑が漂う国だった。

倒産ぐらいなら、まだ良い。馬国人に恨まれたり、馬国人を本当に怒らせると手厳しい報復攻撃を受けることになる。

つづく

タイトルとURLをコピーしました