この記事は本編「がちで起業してみた話」の詳細記事(ぶら下がり記事)です。
日本人が外国人に騙されやすいという話はよく聞きますが、馬国で零細ビジネスを営む日本人の場合はどのようなリスクに晒されているのでしょうか?
この記事では、あえて微妙〜な例を紹介します。
「騙す」・「騙される」という出来事
日本や先進国の企業間の取引とは区別して考えてください。
個人的な利害の応酬が渦巻く自営業の世界においては大きな企業の職場とは全く異なる人間模様があります。
そして、馬国の「自営業ビジネス」において相手を「騙す」という行為は思いのほか複雑です。
4つのパターンがあると思います。
■ 最初から「がち」で騙す
■ 公平な取引をしていたが、途中から相手を騙すことを思いつく
■ 助けるつもりで仕事をするのだが、相手を騙す結果になる
■ 騙すつもりは全く無かったし、騙してはいない。相手が誤解しただけ
ここで紹介する事例はこれらの4つのうち3番目か4番目に位置付けられます。
政治政党のメンバーと知会う日本人
馬国で何らかのスキルを売り物にして商売をしていると、どこからともなく馬国の政治団体のメンバーが近づいてきます。
いや、「近づいてくる」という表現はちょっと違います。微妙な感じで知り合いになります。
ある意味では、「気づいたら知り合いになっていた」と言う感じです。
彼らは当時の与党であるバリサン・ナショナルのメンバーであったり、馬国の中国系政党であるMCA(馬国華人協会)のメンバーであったりします。馬国の人口は日本の4分の1。人間社会の上層部と最下層の間の距離が近いのです。
もちろん、こういった人たちは、基本的に無害です。政治活動に誘ってきたりするような話はありません。むしろ困ったときには助けてくれる存在です。
著者も、10年以上の自営業体験の期間中、数名の政治政党のメンバーと顔見知りになりました。その中にまだ30歳代の若手も含まれていたんですが、この人(当時の馬国の最大与党のメンバー)との間であまり嬉しくない、と言うより苦々(にがにが)しいトラブルを経験しました。
正直に言えば、筆者の業者としての「先見性の無さ」が招いたトラブルでした。そしてこれを「騙された話」とするかどうかは今も微妙です。それが、かえって読者の皆さんの参考になると思うのです。
州知事との面談
起業してまもない頃、筆者は個人商社のようなトレーダーを営んでいて、事業は何もかもひとりで営業していました。
取り扱うのは、何でも良かったのですが、その当時は工場の生産設備や、環境系の産業機械を得意分野としていました。
海外のメーカーとの意思疎通は電話とメールでしたが、その中で欧州のゴミ処理技術の一つであるベーラーという機械を扱ったことあがありました。この機械は家庭ゴミや鉄屑などを一定の形に圧縮して扱いやすくするもので、単なるプレスマシンといえばそれだけですが、ゴミ処理で使う場合は「恵方巻き」のようにくるくるっと円筒形にまとめる技術があるのです。
写真は鉄屑をキューブ状に圧縮するだけの機械のイメージを広告資料からコピーしました。当時筆者が取り扱った機械はこれとは別のものです。
このような機械は個人を相手に営業するよりは、市町村のごみ処理施設や廃棄物処理施設を客先として営業すべきものでした。
あるとき、知り合いの政党メンバーにこの機械の話をしたところ、
「それなら僕がZ州の州知事を知っているから、紹介させてくれ」
と言ってきました。
彼が言うには、こう言った廃棄物処理の設備は州単位で設備を導入しているので、州知事に認めてもらえばZ州への売り込みをすぐに受け付けてもらえると言うのです。馬国は Who You Know の国だから、州知事ぐらいは知らないと商売は無理だと言うのです。
例えこれが取引に繋がらなくとも
(1)州知事側に商品の資料を受けとってもらえる
(2)筆者自身がZ州の州知事の知り合いになれる
という2つのメリットがあると思えました。
と言うことで、若い政治屋さんに州知事とのアポイントを調整してもらいました。そして1ヶ月半ほど先の某月某日にとある場所でZ州知事に面談できることになりました。この部分は全くの事実であり、1ミリも嘘の無いアレンジメントでした。
状況が変わったのは面談間近、1週間前、の時点です。
件(くだん)の政党メンバーから電話がきて、
「そろそろ面会の日が近づいてきました。ところで謝礼金はいくら支払うのですか?」
と聞いてきました。
「え?」
「えって? え じゃないですよ。州知事に礼金を払うのをどうするか?と聞いてるんです。」
筆者は愕然とします。そんな話は聞いていない。(まあ何か手土産でも持って行くといった話はありそうだが)州知事との面談で謝礼金が必要だという話は全く聞いていなかったのです。
筆者「困りましたね、幾らぐらいの話ですか?」
紹介者「それはあなた次第ですよ。でもアポイントが決まっていて今更礼金も払わないと言うのは相当まずいですよ!」
この時の筆者の心境は「うーん、やられた!」です。つまり州知事との面談は本物だし、今から面談をやめるわけにはいかない。一方で謝礼金の話は聞いていないが、ここでそれを拒否するというのはNGだと誰でも考える局面だからです。
筆者「わかりました、でも初めての経験なんで相場を教えてください」
紹介者「まあ2,000RM(6万円)ぐらいは払ったらどうです?」
筆者「2,000は無理です。700でどうですか?」
紹介者「仕方ないですねえ、じゃ700で調整します。」
こんな会話の後、筆者は約束通り州知事に面談できたのですが、礼金は面談前に政党メンバーから取り上げられて、目の前で渡すことにはならず、結果としてこのZ州知事が本当に金を受け取ったかどうかは定かではありません。
州知事との話は、とても呆気ないもので、おそらく10分程度だったと思います。Z州で環境設備を据えつけるには色々と段取りがあって、正規のルートを通すのが手順だから、Z州からのアナウンスをよく聞いて対応してくれと言った程度の話でした。
面談したのは筆者が判断する限りZ州知事その人でした。(Z州に出張した際に写真等でその人の容姿は鮮明に記憶していました)
「騙し」と「騙しではない」の境界線
Z州に機械設備を売り込む話はその後何ひとつ進展せず。全く商売にはなりませんでした。
州知事の知り合いになれたかといえば、そのような雰囲気にもなりませんでした。資料は若手政党メンバーが持っていきましが、州知事が受け取ったとは思えません。
礼金を請求してきた政党メンバーはその後筆者には連絡してきません。
これを「騙し」や「詐欺」と理解すべきかどうかは微妙なんです。
日本人としての考えでは当然「詐欺」なんでしょうが、そうは言っても、州知事が筆者の目の前で金を取ったわけではないし、彼が機械の購入を約束したわけではないのです。どうやって立件すれば良いのでしょうか?
件の政党メンバーは、あくまで「常識的」な礼金として金を取ったのであり、騙(だま)しでも何でもないというはずです。むしろ面談直前まで筆者から礼金の話がなかったことのほうが営業的には思慮のない振る舞いだったと思われても仕方がありません。せっかく面談を段取りしたのに、700リンギットの礼金しか出せない「日本人」を政治屋さんが呆れて見ていたという事なのかもしれません。
人的繋がりの先行きを見るスキル
何はともあれ700リンギットは帰ってきません。日本の社会人から見れば2万円程度の金はどうと言うことはないでしょうが、当時の馬国の生活費の水準で考えると、この金額は大金の部類に入ります。もし若手の政党メンバーが全部持って行ったなら1ヶ月分の生活費になったでしょう。
州知事との面談で礼金を前提に「紹介する」と言うのは、常識とは言い難い話です。これが通常なら、最初に紹介の話をするときに「礼金が必要」と言ってくるべきでしょう。
しかし、政党メンバーの彼としては、これはビジネスではないので、あらかじめ彼から礼金を請求するのはおかしな話で、むしろ紹介された筆者が「お礼をさせてくれ」と申し出るものだという話なのかもしれません。
馬国は Who You Know の社会だと言いますが、これがその Who You Know なのでしょうか?
変です。
州知事との面談を提案された日、筆者がどのように対応すべきだったか?
機会があれば皆さんと議論して見たい話です。筆者としては、資本の乏しい自営業であることを説明して、「州知事と面談できる資格は無いです」と面談を辞退すべきだったのかもしれません。