企業臨死体験 馬国編 06

自営業主

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個人起業(馬国の言い方では One Man Show )を初めて2周年を迎える頃、私は自分を売り込む「対象顧客」(つまりターゲット)を大きく変える決断をした。市場転換である。

起業当初は、マレーシアの企業を支援することが基盤であり、顧客もマレーシアの会社を念頭に置いていた。現地の企業が発展する中に入っていってマレーシアの事業者を支援しながら自らも生きのびる事業を目指していた。

しかし、このやり方では自分が期待する収益をあげることはできなかった。理由はいくつかあった

資金フローの向き

マレーシア国内で自分が関わるビジネス界隈で、どこからどこに金が流れているかについてよく考えておく必要があった。私はこの点で現状分析を誤っていた。

基本的に、マレーシアの商人は、日本の会社を下請けにして金を払うという取引構造をあまり歓迎しない。どうせ高い料金を取られるだろうし、それよりも自社の利益になる仕事を日本から持ってきて欲しいと考えるのが普通なのだ。つまり日本人には顧客になって欲しいのだ。

運よく何らかの仕事をもらうこともあったが、この国の文化では支払遅延は日常茶飯事だった。最初に支払い期限を約束するのだが、マレーシアの顧客は容易に金を払わなかった。

日本の常識で言えば、「仕事を納めて代金を回収する際の労力」は受注前の営業努力10に対して1にも満たない単純作業。ところが、マレーシアで個人事業を営む場合、10の労力で仕事を受注したのち、代金回収の段階でも同様に10の労力が必要となる。

マレーシアのビジネス界隈では「代金回収」のことを「コレクション collection 」と呼ぶ。馬国の商人は「コレクション」という単語を渋い顔で使う。コレクションは難しい、コレクションは大変だ、嫌な思いをするというわけだ。Collection という単語は海外では切手や芸術品を集めて自分の趣味や蓄財とする場合に使う。この国で “collection” といえば、「いつも難しい代金回収」という概念が頭に浮かぶのだ。

請求書を出しても、すぐに忘れる。覚えていても、支払いを先延ばしにする。単純に支払いに対して積極的でないこともあるが、下請けに対して「すぐに払う」という習慣は無い。

請求書を受け取った人の反応は、国や文化の違いに大きく影響される。必ずしも「すぐ払う」ことが美徳なのではない。 image photo by envato elements with wll rights reserved;

むしろ支払いを送らせて、その金を他の用途に回すことを考える場合が多いのだ。

日本人は金払いにうるさいから、マレーシア人は日本の企業を下請けにしたがらない。だから金の流れが停滞する。この国では「日本の企業からマレーシアの企業に金が流れるビジネス」に参入すべきだったのだ。商材は何でも良い。金の流れが問題なのだ。

ペトロナスと中村バルブ

起業して1年以上経過していたある時、私は数年前からの知人から電話を受けた。彼の会社がマラッカにある製油所が探している特殊なバルブに関する相談を受けているという。

彼の会社は中華系マレーシア人が経営管理の実権を持った中小企業で、マレー人の資本家と共同事業をしていたのでペトロナスに資材を収めるビジネスのライセンスを持っていた。

ペトロナスが求めているバルブは特殊な構造をしていて、通常のバルブメーカーは単品での注文を受けていない。ペトロナスにとっては、出口のない困った問題となっていた。

そこで、私が以前日本企業につとめたサービス系の事業をしていることを思い出した。

幸か不幸か私は、そういう特殊なバルブを1個でも注文生産で受ける工場長を知っていた。この人こそ2001年に亡くなられた中村社長だ。彼は、一人でスクラッチからバルブ工場を運営し、高齢になるまで匠の技術を生かして、特殊バルブの注文生産を手がけていた。

バルブひとつだが、馬国でも最大級の製油所のバルブである。ひとつだけでも数百万円の価値があった。当然ながら私の財力では取引できないので、ペトロナスの発注を受けるのは、私に相談してきたマレーシアの中堅企業、私は、その企業の配下で手数料(内口銭)を受け取る約束で商談を仲介した。中村社長は英語は苦手で、マレーシアの中堅会社とも初対面だったから、もともと企業社員の私を信用してバルブを作った。

支払いはこちらの企業が開設する Letter of Credit(信用状)だった。この書類で中村バルブは荷物を日本の横浜港で引渡し、その足で銀行に書類を持ち込んで支払いを受ける段取りだった。

私は、Letter of Credit は嫌いだ。この手の書類はいつもトラブルの原因になる。内容が一字一句正確でないと実行力を失うからだ。

そして、案の定、この中村バルブの案件でも、マレーシア側の Letter of Credit に不備が見つかった。中村バルブは納期通りにバルブを港に持ち込んだが、結局は船に載せられず、持って帰る結果となった。当然ながら、怒りの電話が私の携帯にかかってきた。

調整の結果、マレーシア側が即時電子送金で対価を払うこととなった。中村社長も私も強くマレーシア企業を攻め立てたので、彼らも支払いに応じざるを得なかったのだ。

自分のビジネスではない悲しさ

大金が支払われ、バルブはマレーシアに渡り、ペトロナスが受け取った。現地で設置されたバルブは期待どおりの性能を発揮して、客先は満足げであった。

さて、私のサービス料金はどうなったか? 

すぐに払われたと思いきや、それから半年の間、この案件に関する私の手数料は支払われなかった。なぜなら、大元のペトロナスから件のマレーシアの企業への支払いが遅れたからである。

2001年のペトロナスの調達ビジネスではこういう支払い遅延は日常だった。特に金額が数億円まで行かないような案件は、まともに対応してもらえず、何度も督促しなければならない。

マレーシアの人々としても、数千万の支払い遅延1件程度ではオタオタしないから、個人事業の私だけが悔しい思いをする。

結局、彼らがやるべき支払いの督促を私が出向いて行ったり、電話をしたりして、ようやく半年後に支払われたのだ。

もし私の手元に数百万の現金があったなら、この取引を自分で受けて、自分で中村バルブに支払っただろう。本当は借金をしてでもそうすべきなのだが、当時の私には、そういう借金をする交渉力も無かった。

私がこの件の大金回収をしている間に、中村社長は他界されていた。1年後に電話した際には奥様が電話口に出て、他界された事実がわかった。素晴らしい匠の人だった。

中村バルブは、新潟県魚沼市に所在し、日本有数の技術力を持つバルブメーカーである。私がここでことさら宣伝する必要はない。今でも彼らにはどんどん仕事が入っている。

会社案内 | 中村バルブ製作所
会社案内Company guide 企業コンセプト ごあいさつ 私たちは、永年のバルブ製造で蓄積された技術を通

資金が流れやすいビジネスとは

中村バルブの一件についても、やはり金の流れはマレーシアから日本なので、当然ながら「流れ」は停滞しやすい。

同じ商売を敷いていても、うまく金の流れに沿ったやり方をしている人間には早く資金が集まっていた。 image photo by envato elements with all rights reserved.

中村バルブ以外にも、日本の企業との商談や意思疎通の調整役としてマレーシア側の企業に雇われて動き回る機会はあった。しかし、日本なら1ヶ月以内で解決する代金回収は半年から1年遅れた。

同じような案件を幾つか経験した私は考えを改め、日本からマレーシアに金が流れるビジネスにだけ協力するようになった。

この判断と方向転換は正しかった。

つづく

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