2025年初頭から、マレーシアのSNSとオンラインメディアを賑わせている一人の女性実業家がいる。
名はパメラ・リン氏(Datin Seri Pamela Ling)42歳、不動産業を営む実業家であり、複数の子どもを育てる母親でもある。
夫も資産家であり、二人は表向きには何不自由ないセレブ夫婦として知られていた。しかし、昨年末からその平穏な生活は一変する。
収賄と資金洗浄容疑——汚職捜査の始まり
2025年1月、パメラ氏とその夫は、マレーシアおよびシンガポール両国の汚職対策機関(MACCなど)から、汚職および資金洗浄の容疑で追及を受けることとなった。
彼女は一時勾留され、事情聴取を受けた後、通常の手続き通り保釈。自宅に戻り、当局への出頭を続けていた。
この段階までは、ありがちな“成金一族のスキャンダル”として、週刊誌のゴシップ欄程度の扱いだった。
突然の「失踪」——高速道路上での拉致事件
事態が急変したのは2025年4月初頭。MACCの呼び出しを受けてプトラジャヤに向かう途中、パメラ氏は高速道路上で何者かに拉致された。
彼女は配車アプリ「GRAB」を使って移動していたが、途中で少なくとも3台の車両に進路を塞がれ、警察風の服装をした男たちにより連れ去られた。
その場に残されたGRABの運転手は、通常通り代金を受け取りそのまま去ったが、のちに事情聴取を受け、「彼女は大人しく連れて行かれた」と証言している。
一方、警察当局はこのような拘束を命じた事実を否定し、また正規の手続きであれば「偽装した警察官のような手法は取らない」と明言している。
CCTVの映像などから車両は特定されたものの、ナンバープレートは偽造。他人名義だったことが判明している。
5月20日現在(本稿執筆時点)に至っても、彼女の行方は分かっていない。
誘拐か?自作自演か?——噴出する疑惑
不可解なのは、犯人側から身代金要求が一切無いこと、そして彼女のスマートフォンが当日午後以降使用されていないことだ。
さらに不可思議なのは、なぜ資産家の彼女が庶民的なGRABを利用していたのか、という点。運転手付きの自家用車があって当然の立場であるにも関わらず、だ。
また、ネット上では「この誘拐劇は自作自演ではないか」との噂も流れている。すなわち、国外逃亡を図るために、自ら誘拐されたふりをしたという説だ。
しかし、出入国記録上、彼女はマレーシア国外に出ていないとされ、当局も「現在も国内に生存している」とする見解を出している(根拠は非公表)。
謎に包まれた夫の存在と、背景にある民族的力学
さらに注目すべきは、夫であるDatuk Seri Hah Tiing Siu氏に関して一切の捜査報道がなされていないことだ。
パメラ氏が事情聴取や勾留を受けている一方で、彼に関する動きは皆無。その背景には、夫婦間の離婚調停と資産分割を巡る争いがあると言われている。
パメラ氏は華人系、夫はマレー系に近い背景を持つとされ、マレーシア社会では一般にマレー系の方が政府・当局との結びつきが強いとされる。
つまり、この事件には、単なる家庭内トラブルではなく、民族的・政治的な力学が絡んでいる可能性がある。
捜査当局への反訴——消えた夫人からの“戦い”
パメラ氏は現在も行方不明だが、彼女の法的代理人が5月19日、MACCに対する訴えを高裁に提出した。
その内容は以下の通り:
- 捜査令状の白紙撤回(違法な取り調べの無効化)
- シンガポールにいる子どもの養育のための出国許可
- 慰謝料としてRM137,000(約465万円)の支払い請求
これを受けてマレーシア高裁は、MACCの捜査を一時停止とし、次回の審理を6月3日に設定している。
この裁判でパメラ氏側が勝訴すれば、出国が可能となるだけでなく、一連の汚職・資金洗浄の容疑も払拭される可能性がある。
筆者の所感——「報道されない闇」
筆者は過去20年以上にわたり、マレーシアとの深い関わりを持ってきた。
この事件には、報道の裏に潜むマレーシア社会特有の“闇”が見え隠れしているように感じてならない。
国家権力と個人の関係、民族間の力の差、そして司法の不透明性。
行方不明となったパメラ氏は、失踪前に「捜査が夫との個人的争いに利用されている」と明かしていた。
もしそれが事実ならば、この事件は単なる犯罪報道ではなく、国家権力と個人が正面からぶつかる、極めて深刻な人権問題に発展しうる。
今後の裁判の行方、そして夫に対するマレーシア当局の対応に注視していきたい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【参考記事(英語)】



2025年5月20日の続報
Malay Mailの報道によれば、去る19日に何者かがSNS上で、パメラ・リン夫人の遺体がペタリング・ジャヤの自宅で発見されたかの「デマ」を流したことについて、警察当局が発信人の特定と捜査を開始したと記者会見で述べている。(筆者の推測では、おそらくこれはPage View を稼ぐためのデマ)
